入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼
入江泰吉 写真/田中昭三 文
大好評3刷!
芭蕉は最後の奈良行脚で、東大寺の雨露にさらされていた大仏を見て、こんな句を残しています。
菊の香やならには古き仏達
京都が庭の古都とすれば、奈良は圧倒的に仏像です。しかも天平から鎌倉にかけての名品が、数多く残されています。そのなかから代表的な仏像を厳選し、カラー写真とともに解説・紹介します。写真は、戦後奈良一円の仏像、古社寺、風景を撮り続けた巨匠・入江泰吉の名作を掲載します。
本書では、従来の鑑賞の型にとらわれず、さまざまな視点から仏像を紹介します。十一面観音を見るとき、なぜ手が十一本なのかは仏教の教えから説明することはできますが、それと同時に、どのように作られているのかということも知りたくなります。また、ある人がひとつの仏像に出会って人生が変わったというエピソードを知れば、仏像の見方も変わるかも知れません。
取り上げる仏像は、仏像の五つのジャンル(如来・菩薩・明王・天・集合神と高僧)を配慮しながら、一つの寺にかたよらないで、できるだけ大和各地の仏像を選び、本書の全体から仏像鑑賞の楽しさを読者に伝えます。
<書籍データ>
◇A5判並製・156頁
◇定価:本体1,800円+税
◇2007年9月21日発売
◇ISBN: 978-4-86310-005-3
<著者プロフィール>
入江泰吉(いりえ・たいきち)【写真】
1905年奈良市生れ。戦後奈良一円の仏像、寺院、風景を撮りつづける。76年第24回菊池寛賞受賞。写真集に『大和路』『お水取り』『花大和』『法隆寺』『東大寺』ほか多数。92年1月没。
田中昭三(たなか しょうぞう)【執筆】
1943年和歌山県生れ。京都大学文学部卒。日本の伝統文化の編集に携わり「サライ」誌などで執筆する。主な著書に『文士の大和路』『俳人の大和路』(小学館)、『日本庭園を愉しむ』(実業之日本社)、『古寺巡礼 東大寺』(JTB)ほか。
はじめに
入江泰吉の初の本格的な写真集『大和路』や、菊池寛賞を受賞した『古色大和路』『萬葉大和路』『花大和』の頁を繰っていると、思わず溜め息をもらしたくなる。
大和路の、この美しい風景はどこに行ってしまったのだろうか、と。
入江泰吉は自ら語っているように、戦後一貫して風景写真家であり続けた。晩年、何度かお会いするたびに、もう昔のような景色は撮影できません、と嘆いておられた。
しかし、写真集を見ながら、ここには変わらないカットがある、とも思ってしまう。
それは、仏像の姿だ。
厨子から出され、宝物館へ移された仏像も何体かはあるだろう。修復され、多少は身奇麗になった仏像もあるかもしれない。しかしそれだけで、顔の表情や衣の波のような模様が変わるわけではない。その仏たちは、今ある大和の風景を通り越して、私たちを一瞬のうちに千年以上も昔の世界へと連れ去ってくれる。千年、仏像は何ら変わることなく、仏像であり続けてきた。
風景写真家の入江泰吉にとって、仏像とは何だったのだろうか。
戦後間もなく、彼はある偶然から大和の仏像を撮りはじめる。そのきっかけには、一編の推理小説を読むようなミステリアスがある。予期せぬかたちでの仏像との遭遇。そのとき、自分は仏像を撮る、そう心を突き動かしたのは、本人自身こんな泥臭い言い方はしていないが、写真家魂に他ならない。
これは筆者の勝手な推量だが、戦前入江泰吉が文楽の首(かしら)を撮影していなければ、仏像に対してさほどのイマジネーションも湧かなかったのではないだろうか。
驚いたことに、入江泰吉は戦後すぐ、二、三年の間に、大和の主だった仏像を撮り終えている。それは絵に例えればデッサンに過ぎないと述べているが、デッサンの後には完成品が生まれる。つまり、風景写真家といいながらも、その後も仏像を撮り続けたのだ。 そこで最初の問いへの答えが、おぼろげに浮かんでくる。
もしかしたら、入江泰吉にとって、仏像も風景のひとつだったのではないだろうか、と。
彼は自分が撮る大和の風景写真について、しばしばこのような言い方をしている。
北海道や九州などの風光明媚な自然を撮影すれば、そのまま美しい風景写真となる。しかし、大和路はそんな風光明媚な景観とはいいがたい。ただ、その何気ない景観には、「風」の趣が醸されている。その風は、気配、あるいは心象風景といってもよい。
気配を撮る。それは不可能に近いことだが、それを敢えて可能にできないだろうか。その模索が彼自身の風景写真の歴史なのだ、と。
これをそのまま、彼の仏像写真に置き換えれば、記録としての仏像写真ではなく、仏像のある風景写真が誕生する。つまり、仏像が内に秘めている気配を入江泰吉は追い続け、それを感じるまで仏像を撮り続けたのだ。
本書にはカバーも含めて五十四枚の写真を掲載した。可能な限り入江泰吉の代表作を選び、なおかつ仏像の種類が偏らないようにした。
拙い解説を付したが、一枚一枚の写真に入江泰吉が追い求めた気配を感じていただければ、幸いである。(続きは本書でお読みください)
<目次>
はじめに
東大寺
・金剛力士立像
・大仏殿内陣
・大仏蓮弁毛彫り
・盧遮那仏坐像
・不空羂索観音立像(側面)
・不空羂索観音立像(正面)
・伝日光菩薩立像
・伝月光菩薩立像
・不動明王坐像
・執金剛神立像
・広目天立像
・多聞天立像
・増長天立像邪気
・僧形八幡神坐像
・俊乗上人坐像
興福寺
・阿修羅立像
・仏頭
・無著立像
・龍頭鬼立像
新薬師寺
・伐折羅大将立像
・十二神将立像
西大寺
・愛染明王坐像
・秋篠寺
・伎芸天立像
浄瑠璃寺
・阿弥陀如来坐像(九体仏)
唐招提寺
・廬舎那仏坐像
・廬舎那仏坐像仏掌
・十一面千手観音立像
・鑑真和上坐像
・如来形立像
薬師寺
・聖観音立像(頭部左面)
・聖観音立像(全身)
・薬師如来坐像
・薬師如来坐像(仏足)
・日光菩薩立像(部分)
・月光菩薩立像
飛鳥寺
・釈迦如来坐像
長谷寺
・十一面観音立像
・難陀竜王立像
聖林寺
・十一面観音立像
室生寺
・十一面観音立像
・釈迦如来坐像
・如意輪観音坐像
法隆寺
・釈迦三尊像
・塔本塑像
・聖徳太子坐像
・夢違観音立像
・救世観音立像
・百済観音立像
法輪寺
・十一面観音立像
・薬師如来坐像
中宮寺
・弥勒菩薩半跏像
仏像ミニ事典
入江泰吉物語
収録寺院紹介
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