経済の常識 VS 政策の非常識

2012年8月22日

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 「作文コンクール」というものがある。「税」、「水」、「生命保険」とかに関する作文を募集して優秀作品を選ぶというものだ。学校で夏休みの課題としているところもある。テーマは様々で、「石油」、「私のしごと」、「豊かな海」、「木の家・こんな家に住みたい」、果ては「パチンコ・パチスロ」に関する作文コンクールもある。

 パチンコ・パチスロに関する作文では、「私が打ちたいこんな台、行きたいこんなお店」「私がパチンコをしない理由」とかがお題になっていた。賞金も最高50万円と豪華である。パチンコ以外は、子供向けの作文コンクールが多い。大人向けのものは作文でなくて論文や作品募集となることが多い。

 賞を取るためには、当然、主催者の意向に沿うことが求められる。例えば、税に関する作文では、父が税金を払うのに苦労していたが、それが祖母の役に立っていたことを知って、税の大切さが分かりましたなどと書く訳だ。具体的なエピソードのうまさと税の必要性に納得する過程がいかにも腑に落ちるように書いてあれば優秀作品となるのだろう。

 作文コンクールでの入賞は、内申点を上げ、受験のときの総合評価で評価されるらしい。スポーツのインターハイ参加経験のようなものだ。作文コンクールに入賞する子どもは、優秀な子どもであるだろう。

 だから、作文コンクールとは、優秀な子どもに、主催者の意向に沿うことの大切さを教え込んでいる訳だ。子どものころから、御用学者になる訓練をしているようなものだ。もちろん、社会に反抗的で斜に構える子どもをわざわざ育成するべきではないが、子どもに社会の暗黙の規範を読むことばかりさせるのにも賛成できない。

税金を投入する必要はない

 日本の子どもたちがコンクール用の作文を書いている時、アメリカの子どもたちは学校でディベートの訓練をしている。どちらの意見を支持するかを本人の意見を聞かずにクジで決め、それぞれの側に有利な証拠を集めて討論をさせる。

 私は、本人の意見を無視することを道徳的でないとすら思っていたのだが、この仕組みは主催者の意向を無視することでもあるのだとやっと分かった。子どもたちに、主催者が何を考えているのか、その意向に沿うことでディベートに勝とうとは考えさせない仕組みである。

 しかも、自分が最初に考えていたこととは異なる意見を述べるために、より深く自分の主張の正しさを疑うことができ、相手の主張にも耳を傾けることができる。ここには、作文コンクールよりも、むしろより高い道徳性がある。

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