世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2012年9月4日

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 中国のような国には、民主化が進んでいるかどうかだけが、一国の政治的進化を量る基準ではなく、「温情ある権威主義」が総合的に力を発揮できるような組織となっているかどうか、という点こそ重要である、7月10日付NYTにおいて、中国貴陽の「孔子学院」創設者ジアンと儒教研究者のベルが述べています。

 すなわち、6月下旬にクリントン長官は、モンゴルでのスピーチにおいて、アジアの国々の中には、「思想や情報へのアクセスを制限し、言論の自由を抑圧し、指導者を選ぶ権利を剥奪している国がある」との趣旨を述べているが、これは明らかに中国に向けられた攻撃だ。

 中国はもっと民主的になるべきだ、というのが西側で広く共有された見方だが、民主主義と権威主義の対立軸で物事を見ることは単純すぎる。

 中国の政治的将来は、西側の多党選挙による方式よりは、長年の儒教の伝統に基づく温情的権威主義による統治方式によらざるを得ないだろう。

 もともと、民主主義は本来の理想からいえば、欠点の多いものだ。民主主義と異なり、統治の正統性は、人民が彼らの支配者をどう見るかだけではなく、統治者が如何なる統治を行うか、に大きくかかっている。

 伝統的な儒教による温情的権威主義を、現代において、どのように組織として担保するかが重要な課題となる。儒教によれば、天、地、人の三つの視点から権力の正統性を論じている。それを現代流に解釈し政治組織の仕組みとして取り入れるとすれば、「儒教国家」の構想は、正統性を代表する「賢人院」、歴史的・文化的正統性を代表する「国家院」、国民の正統性を代表する「国民院」から成る三つの組織のチェック・アンド・バランスから成り立つべきだ。

 要は、賢人たちによる組織化された権威主義的統治こそ、今日の中国の政治制度にふさわしいものである、と主張しています。

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 高度成長期のあと、中国経済は減速の兆しを示し、最高指導部の交代期を控え、政治が行き詰まりの傾向を見せ始めた今日、今後の中国の政治の在り方をめぐって各種議論が行われるようになっています。

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