2024年4月20日(土)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2012年9月6日

 この論文から明らかなことは、「アラブの春」は米国政府が煽り立てて起こしたものではないということです。欧米のNPOが民主主義の効能を宣伝し、組織作り、フェースブックの使い方などを指南していたことは事実でしょうが、中東の社会に不満が蓄積されていなければ、これほどの騒ぎにはならなかったでしょう。

 キッシンジャーは、いかにもヨーロッパ出身のインテリらしく、国益に基づく戦略的外交の必要性を、米国の理想主義とうまくブレンドしながら説いています。

 ただ、彼は「中東における米国の戦略的利益」が具体的には何なのかは、明示していません。「中東における戦略的利益」――それは原油の確保だということは以前なら言えましたが、エジプト、シリアは産油国ではなく、しかもシェール・ガス、シェール・オイルが世界のエネルギー地図を塗り替えようとしている今、原油への言及はしにくいでしょう。結局、キッシンジャーの意味するところは、イスラエルの安全確保なのでしょうが、それだけでは「米国の戦略的利益」としては打ち出しにくいジレンマが感じられます。

 シリアの情勢は危機的かと思われます。キッシンジャーが言っているように、部族・宗派対立にアルカイダまで絡むと、アサドが消えた場合、周辺諸国に紛争が及ぶどころか、周辺のイラン、トルコ、イスラエルの中には先手を打ってシリアの一部を占領する国が現れる可能性もあります。こうして、NATO加盟のトルコがイランと交戦状態に入った場合はもちろん、トルコとイスラエルが交戦状態に入った場合にはなおさら、NATOはトルコ支援につき難しい選択を迫られることになります。

 なお、シリア沖に浮かんでいると思われるロシア軍艦は、これから深刻な補給の問題を抱えるはずです。補給船が黒海から出るにはトルコの許可を必要とし、バルト海から行くには遠すぎるからです。

 「アラブの春」のマグマはまだ熱いと思われます。これが今後、サウジアラビア、ロシア、中央アジア、中国などにどう飛び火していくか、注目されるところですし、日本が外交にもっと時間と資源を割けるならば、格好の外交舞台となります。

 キッシンジャーが「中東諸国の発展を促す最良の経済援助の方法はどのようなものか」という問題提起をしているのは、日本にとっても参考になります。

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