田部康喜のTV読本

2012年9月5日

»著者プロフィール
著者
閉じる

田部康喜 (たべ・こうき)

コラムニスト

福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。

 「あっちゃん」は、引退するのではない。卒業するのである。この熱狂はなんなのであろうか。似ている現象を強いて探しだすとするならば、宝塚音楽学校に入学した生徒たちが、卒業し、それぞれが俳優としての道を歩み出す瞬間であろうか。

 宝塚音楽学校に入学したからといって、劇団に入団できるわけではない。「女の園」は、男女交際を禁じられ、厳しいレッスンのなかで競争が繰り広げられている。ダンスからバレー、日舞そして声楽はもちろんのこと、ピアノのレッスンもある。

 「花」「月」「雪」「星」「宙」の組に配属されて、娘役と男役のトップに登りつめる者は、同期のなかでも数少ない。

「ジャンケンが強い」という根拠のない自信

 日本の興行史のなかで、かつてないイノベーションを起したAKB48のプロデューサーは、秋元康である。秋元は高校時代にラジオの脚本を売り込んだことから、芸能界に縁ができる。稲垣潤一の「ドラマティック・レイン」によって、作詞家と知られるようになる。ホラー小説「着信アリ」は、映画やテレビドラマにもなった。「グッバイ・ママ」では映画の監督もてがけている。

 「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」の特別番組のなかで、メンバーたちにとって秋元とはどんな存在なのか、という質問に対して、「先生」とひとりが答えてほぼ全員がうなずいた。AKB48はやはり、宝塚のような存在である。

 日々のレッスンに手を抜かず、厳しい競争のなかにメンバーをたたき込む。シングルの発売を前にして、ファンの投票によらずにジャンケンによって、センターつまりリーダーを選ぶ、という破天荒な競争もあった。

 秋元が作詞家として、作家として、そしてプロデューサーとして、いかに企画を立てるのかについて書いた『企画脳』(PHP文庫 2009年)は、ジャンケンが強いことに意味があることを説いている。

 「『企画脳』のために基礎体力をつけるためには、ジャンケンが強くなくてはいけない」

 「なぜか。……みんな似たような能力があって、人間なんてあまり変わらないなかで、どうやって人より前に出て企画を売り込んでいくか……そのときに必要とされるのが、俺はジャンケンが強いという『根拠のない自信』なのである」

関連記事

新着記事

»もっと見る