2024年4月20日(土)

Wedge REPORT

2012年12月21日

 ここでは、RikerとOrdeshookの理論にしたがい、投票行動を次のように定式化する。R=P×B-C+D ここで、R:投票者が投票から得られるであろう満足感、P:自分の一票が投票を左右する可能性、B:投票から得られるであろう満足感の差、C:投票参加にかかるコスト、D:市民としての義務を果たすことから得られる満足感、である。

 要すれば、この式からは、(1)政党もしくは候補者間の差が大きければ投票への参加可能性は高くなる、(2)有権者が自分の一票の価値を重く見るほど投票への参加可能性は高くなる、(3)投票のコストが高いほど投票への参加可能性は低くなる、(4)有権者の義務感が強いほど投票への参加可能性は高くなる、(5)それぞれの項目の絶対的水準が低いほど投票への参加可能性は低くなる、ことが分かる。

 まとめると、このモデルによれば、投票率が上がるのは、各政党や候補者の主張に明確な差があり、有権者から見て1票の影響力が大きく感じられ、投票参加のためのコストが低い場合となる。

 それぞれを今回の選挙に当てはめて考えると、(1)目立った争点もなく政党や候補者の差は小さかった(特に二大政党)、(2)投票前から多くのメディアが自民党の圧勝と民主党の大敗を伝えており、自分の一票の価値が減じたように感じられた、(3)年の瀬の忙しい時期(の貴重な日曜日)であるのと、地域によっては悪天候だったため投票のコストが高く感じられた、(4)前回選挙の期待の大きさの反動で、政治に対する不信、選挙に対する冷めた見方、などを指摘できるだろう。

 つまり、こうした要因やここでは考察できていない諸々の要因が複雑にからみ合って投票率が低下したと考えられる(再度の蛇足で恐縮だが、有権者が現政権の業績を高く評価すれば与党候補者に投票し、低ければ野党候補者に投票するとされる業績評価モデルによれば、与党民主党の大敗は3年間の業績を全く評価しなかったためであると解釈できる)。

棄権者も結果責任を共有する義務がともなう

 投票は「国民の義務」であるか、「個人の自由」であるかは、個人の価値観、倫理観に依存することもあり、一概には言えない。ただし、一つだけ言えるとすれば、棄権するということは、選挙結果やその後の政策展開がどのようなものであっても無条件にそれを受け入れ、従わなければならないということである。つまり、棄権者は投票しない自由には結果責任を共有する義務がともなうことを肝に銘じておかなければならないだろう。

[特集] どうすれば良くなる?日本の政治


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