食の安全 常識・非常識

2013年1月21日

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松永和紀 (まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ライターに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞2008受賞。2011年4月、科学的に適切な食情報を収集し提供する消費者団体「Food Communication Compass(略称FOOCOM=フーコム)を設立し、「FOOCOM.NET」を開設した。

 実は、セラリーニ氏は、遺伝子組換えにこれまでもずっと反対して来た研究者で、しかも、「遺伝子組換えが危険」と主張する論文や報告書を何度も発表し、そのたびにEFSAなどに「ずさんな研究」と批判されて来た経緯があります。

 セラリーニ氏は、取材する記者が論文を吟味し批判する力がないことを見越して、「第三者には取材しない」というとんでもない条件と引き換えに、記者たちに論文を見せました。そして実際に、新聞等にはおどろおどろしい写真と共に「遺伝子組換えに発がん性」という見出しが大きく出ました。フランスの首相も「研究が確かなら、欧州全土での禁止措置を要請したい」と発言しました。

 センセーショナルに報じられたのはわずか数日の話。でも、その後に、いくら「批判する科学者が多い」という続報が出たところで、それが最初のニュースの爆発的な拡散力に比べて小さく、影響力を持ちにくいことは、本欄読者も思い当たるところが多々あるのではないでしょうか。つまり、セラリーニ氏は「遺伝子組換えは危険」という宣伝に大成功したのです。

 メディアの取材力の低さ、エンバーゴの悪用、学術誌による掲載審査の甘さ、EUの中でも強硬な遺伝子組換え反対国であるフランス政府の軽率さ等々、さまざまな問題が、今回のセラリーニ氏の騒動で露になりました。

 興味深いのは、アメリカの経済誌「Forbes」。同誌は、セラリーニ氏の研究を一貫して批判し、マスメディアの一部が手玉にとられた顛末を報道しました。つまり、これは、一部メディアの科学報道の稚拙さ、という問題に留まらず、社会的、経済的に影響がある重大事だ、というのが、この雑誌の見解です。遺伝子組換え作物を全世界に売ってゆきたいアメリカ農業界、経済界の思惑が当然、反映されているでしょう。

一連の議論を知らない日本の一般市民

既に、穀物のかなりの割合が遺伝子組換え品種となっており、遺伝子組換え作物の栽培面積は全世界で1億6000万ヘクタールに上る。日本でも、食用油や異性化液糖、家畜の飼料等として用いられている
(2011年、国際アグリバイオ事業団調べ)
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 ところが、日本のメディアはこの騒動をほとんど報じませんでした。セラリーニ氏が発表した時と、それに対する批判を「時事通信」がごく短く伝え、AFP通信の配信ニュースを翻訳し掲載するAFPBBNewsも伝えた程度です。

 遺伝子組換え作物は日本に大量に輸入されています。ISAAA(国際アグリバイオ事業団)によれば、日本は年間1800万トンの遺伝子組換え作物を輸入し、主に食用油や異性化糖などの原料、飼料として消費しています。日本の米の消費量が年間約860万トン(農水省まとめ)なのですから、遺伝子組換え作物の動向を無視はできないはず。なのに、今回の問題を社会的な事件として報じたマスメディアは、日本にはなかったのです。

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