「子縁」でつながる秋津地域のお父さん 

2013年2月7日

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岸 裕司 (きし・ゆうじ)

秋津コミュニティ顧問

1952年東京生まれ。広告・デザイン会社の(株)パンゲア代表取締役、習志野市立秋津小学校PTA会長時に秋津コミュニティ創設、会長を経て現在顧問兼秋津小学校コミュニティルーム運営委員会顧問。文部科学省委嘱コミュニティ・スクール推進員、学校と地域の融合教育研究会副会長、埼玉大学・日本大学非常勤講師、ほか。著書に『「地域暮らし」宣言』『学校を基地にお父さんのまちづくり』(ともに太郎次郎社エディタス)、『学校開放でまち育て』(学芸出版社)など。

 「本名は、池端具子(いけはたともこ)」

 あっ、だから加山雄三の本名は池端なんとかだったんだ!

 「旧姓は岩倉で、かつて五百円札の顔だった岩倉具視は曽祖父に当たる」

 こりゃ驚き。いまはめったに見ない五百円札のひ孫で名家のお嬢さんだったんだ。ということは、加山雄三が五百円札のひひ孫。だから、ひ孫の小桜葉子が五十銭でその下だから五銭か。なんちゃって。

お父さんたちの出番を学校へ

 で、話を戻すと、謙ちゃんとは仕事後にいっつも「アレの会」をします。

 「アレ」とは、ア・ル・コ・ー・ル、のこと。

 地元の習志野市立秋津小学校の地域開放空間の秋津小学校コミュニティルームでは、前回紹介したノリノリ団のおじさんたちは、何かの作業後に必ずアレの会をします。

「お父さんの出番」になり、学校と地域が融合して活動するようになった、すべての始まりの飼育小屋づくり。1991年。その後も第2飼育小屋や幼稚園の飼育小屋も新築しました。

 開始のきっかけは、22年も前の1991年8月のこと。

 当時私はPTA会長で、その年がたまたまPTA創立10周年記念の年だったんです。その記念行事のひとつとして「うさぎやニワトリを飼う飼育小屋の新築をしよう!」となったんです。

 なぜかというと、「お父さんたちの学校への出番をつくろう!」と、会長権限でもくろんだからです。家は団地が多いことから小鳥などの小動物以外は飼えないしね。

 また学校も、翌年度から一・二年生に「生きものを飼い育てて命の大切さを学ぶ」ことも意図した生活科が導入されることもあり、大喜びで賛同しましたしね。

 で、お父さんや先生らは作業で汗を流した夕方になると、「ア・ル・コ・ー・ルがほしいなぁ」との顔つきになるんです。察した私は、「ひとり千円、千円!」と会費を集めて買い出しし、一気にみんなに「ま、一杯!」と有無もいわさず注ぎ込み「では、お疲れ!」「かんぱあ~い!」とやったのが最初。

 で、翌年2月まで続いた飼育小屋づくりの終了後には、缶ビール247本、日本酒一升ビン24本、四合ビン1本、一合ビン16本、ウィスキー1本、ワイン2本、手づくりのカリン酒1本の空き缶や空きビンが山と積まれていたのでした。なにせ、実数40数名、延べ400人ものお父さんが参加したんだからね、ハイ!

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