この熱き人々

2013年2月14日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 小学校時代から走るのはビリばかり、泳げないし球技も嫌いという少年が、山の楽しさに導かれるように20歳で初めて8000メートル峰を経験してから21年。日本人初の14座完登は、竹内にとっては「階段の踊り場みたいなもの」ということになるが、山岳史上の快挙であり偉業であることは間違いな い。さまざまなメディアがいっせいに竹内を追いかけて多忙を極めるこれまでにない毎日が続き、ついにプロ野球の巨人-阪神戦の始球式で嫌いなボールを投げるという想定外の経験までもたらした。

 「練習含めて12、3球投げましたが、翌日は筋肉痛です。私の身体は、登山をするための能力以外は省かれているんです。登山するため、登山できる身体を作ってきたから」

 ちょっと賑やかな踊り場で、41歳の竹内は、スポーツとしての登山への理解を深めてもらうために自らの軌跡を丁寧に語り続ける。

 「ヒマラヤという4文字だけではなく、たくさんの巨大な山があることを知ってもらいたい。興味をもったり、見てみたいと思ったり、登ってみようと心が動く人がいたらうれしい。世界で14番目くらいまで高い山の名前を知ってほしい。それが今の私の役目です」

 エベレスト、K2、カンチェンジュンガ、ローツェ、マカルー、チョー・オユー、ダウラギリ、マナスル、ナンガパルバット、アンナプルナ、ガッ シャーブルム1峰・2峰、ブロードピーク、シシャパンマ。竹内が完全登頂をなし得る前は知らなかった14の山々の名前を、今は知っている。高さを極めた竹内の足跡は、山からの流れる水のように、確かに多くの人の中に浸透しているように見える。

(写真:赤城耕一)

竹内洋岳(たけうち ひろたか)
1971年、東京都生まれ。高校生のときに本格的な登山を開始、国内の多くの山に登る。95年、大学在学中に日本山岳会マカルー登山隊に参加し8000メートル峰に初登頂。以来、8000メートル峰への挑戦を続け、12年5月、ダウラギリ山登頂により日本人初の14座完登者となる。

◆「ひととき」2013年2月号より

 

 

 

 

  

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