解体 ロシア外交

2013年2月6日

»著者プロフィール

 2013年1月にアルジェリアで発生した人質事件は10人もの邦人犠牲者を出すことになり、日本でも大きな衝撃と悲しみを呼び起こした。加えて、アルカーイダ系組織指導者のベルモフタール司令官が、犯行を実行した武装勢力に「フランス人、英国人、日本人の計5人を人質にし、リビアへ出国せよ」と指示したとする報道も出ており、日本はもとより、西側諸国はテロ活動に対する警戒心を新たにしている。

 他方、今回の事件にはロシアは一見関わっていないように見える。だが、ロシアは本事件にも他人のふりはしなかった。その背景には、欧米との緊張関係だけでなく、アルジェリアとの密接な関係がありそうだ。

アルジェリア軍介入はロシアを参考に?

 本稿では、アルジェリア人質事件について詳述を避けるが、事件は最終的に、1月21日にアルジェリア政府がヘリコプターでの攻撃を含む軍事作戦を決行して収束した。この作戦による犠牲者も多数出たことから、アルジェリア政府の対応に対する批判は決して少なくない。

 だがこの介入について、ロシアの教示を受けていたのではないかという見解もある。

 たとえば英国『テレグラフ』のリチャード・スペンサーは、2002年のモスクワ劇場占拠事件や2004年のベスラン学校占拠事件の際に、ロシアの特殊部隊が突入し、多くの犠牲者を出して行った上で解決したことに言及し、アルジェリア軍による介入は、ロシアに倣っているように見えるという。またそのことは、ソ連/ロシアと長い間深い関係にあったアルジェリアが、未だに武器や特殊部隊の軍事訓練の双方に関してロシアに依存し続けていることと無関係ではないかもしれないと述べている(The Telegraph, 18 January 2013)。

 また、菅原信夫も上述の事件へのロシアの介入とアルジェリア軍の介入の類似性を指摘し、アルジェリア政府が事前にロシアに相談をしていたのではないかという見解を述べている(「アルジェリア人質事件、ロシア流で強行解決:旧宗主国フランスよりも絆の強い両国関係」JBpress)。

 ロシアとアルジェリアの類似の介入について、それらの関係の有無を明言することはできない。アルジェリアは1990年代からテロ対策に苦しんできており、テロリストに断固たる態度で臨む必要があっただけでなく、穏便な解決方法を望んでいた欧米や日本の圧力に屈して方針を曲げることは、国家のメンツにかかわるという背景があったことも事実であり(大内清『産経ニュース』2013年1月20日)、同国が独断で介入を行った可能性も否定できない。

 それでも確実に言えることは、ロシアとアルジェリアはソ連時代から緊密な関係を築いてきたということである。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る