WEDGE REPORT

2013年7月5日

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 あくまで観光協会のホームページ用キャラクターでしかなかったバリィさん。本来であれば、インターネットの世界のみに生きる運命であった。だがこの運命はひょんなことから変わる。宮田さんの勤める会社は印刷会社である。大手小売店がこの地方の特産品を探しているという情報があり、バリィさんのあまりのかわいさに思わずメモ帳、ノート、ポストカードを第一印刷が製作してしまったのだ。

 観光協会にメモ帳などのグッズ販売を持ちかけたところ「それはいらん」とつれない回答。おみやげ店など、他にも売り込んだが「これは魚でぇ? いらんわい」などと言われ見向きもされなかった。「ゆるキャラグランプリ」を制するわずか3年前、09年の話である。

 「くまモン」など多くのゆるキャラは県や市などの自治体が権利を持つ。地元PRのため予算も確保されているが、バリィさんは知名度も予算もないところからのスタートであった。「せっかく生み出した地元のキャラクター。バリィさんを使って何とか今治を活気づけたい」─。

 知名度向上のため、バリィさんのイラストを印刷した紙を入れたティッシュを街頭で配布したが、あまり受け取ってもらえず心が折れそうになったこともあった。

予算ゼロから頂点へ
地道な活動が「大輪の花」咲かす

5月に行われた「今治タオルフェア」での一コマ。地元での認知度はほぼ100%だという

 この頃、世間ではブログやmixi、twitterが流行していた。宮田さんは今治に関する書き込みを検索して、バリィさんの名で「またおいでーね」などと今治弁で書き込むことを繰り返した。当時、芸能人やキャラクターで一般人の書き込みに「反応」することは珍しかった。この戦略が徐々に功を奏し、半年ほど経過した頃、「バリィさんの携帯電話のストラップが欲しい」という声が聞かれるようになった。ストラップ製作会社に問い合わせたところ「最低3000個からの発注です」との回答。「売れ残り必至やと思いました」(宮田さん)。社内でも発注すべきか議論となったが、思い切って発注したところ、わずか2週間で売り切れた。

 今度は「バリィさんと触れ合いたい」という声が寄せられるようになった。社内では「着ぐるみ」を製作するか否かで揺れた。反対者も多かったというが、今治の決して大きくない印刷会社にとって、着ぐるみは安い買い物ではない。社内が議論で揺れていた頃、地元のお祭りにバリィさんが初めて登場した。もちろん着ぐるみはない。社員がバリィさんのイラストを印刷したパネルを背負っての登場であった─。

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