この熱き人々

2013年7月19日

»著者プロフィール
閉じる

吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

フランス料理を志し修業に出たパリで、気がつけば日本料理のことばかり考えていた。いま、老舗料亭の主人として日々最高のもてなしに心を配り、日本料理を世界に発信する活動に奔走する。公利のために料理をする─料理人としての一歩を踏み出したときからの信条である。

料亭より料理屋

 ビルの建ち並ぶ赤坂に、さわさわと風が吹き渡るような竹林に包まれた石畳の小道。異空間に誘われるように歩を進め、右に折れると、その先に京都の老舗料亭「菊乃井」の赤坂店がひっそりと佇んでいる。京の料亭文化が東京にワープしたようなしつらいに、菊乃井3代目主人・村田吉弘の京言葉が溶け合い、京都にいるような錯覚すら覚える。

 「祖父(じい)さんが料理屋にしてから3代目やけど、家としては22代目ですわ。先祖は、豊臣秀吉の北政所(きたのまんどころ)について高台寺に上がった茶坊主で、ずっと菊水の井戸をお守りしてきましたんや。実は、ここでも料理に使う水は、京都から運んでます。飲んだらわからんでも、出汁引くとちょっと違う。人間の舌は、それだけ微妙な違いがわかるんです」

 料亭というと、東京では高級という言葉とセットで、“ご接待”の場というイメージがある。大金持ちや社用族が行く所で、庶民には手が届かない無縁の世界でもある。

 ミシュランガイドで星3つの菊乃井本店も、星2つの赤坂店も、夜の懐石は1万5000円で食べられる。ちょっとお酒を飲んでも2万円で収まる。決して安くはないけれど、特別な日の記念に普通の人でも頑張れば何とか手が届く。

 「京都では料亭と言わんと、料理屋と言いますのや。めし屋の延長線上にある。京都では、最初に料理屋に行くんは、お祖母(ばあ)ちゃんに抱かれたお宮参りの時。次は3つ参り、5つ参り、成人式、結婚の時、還暦や米寿のお祝い、死なはったら法事の席。これらが全部、料理屋の仕事なんですわ。接待の場ではない。そこで暮らす人の生活の中にあるから、町衆との距離が近い。だからうちとこも『菊乃井さん』と呼ばれる。料亭は、さんづけで呼ばれる存在なんです。うちの姿勢は、特別の階級の施設には成り下がりとうないということ。普通の人が、普通に働いて、人生の節目の日に来られんようなもんは普通のもんと違う。1万5000円で満足してもらえる料理を出せなければ、普通の存在にはなれへんのです」

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る