うつ病蔓延時代への処方箋

2013年7月11日

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 しかし、現実はそうはいきません。給料をもらって好きなことができる人はごく一部の人だけ。多くの人は、やりたいことを夢見ながら、目の前の仕事をこなしていくのが普通です。それがわからずに会社は自分を理解してくれないと思う。個性を認めずに自分の行動を上司が怒る、などをきっかけに会社に行けなくなる。休職中に海外旅行や飲みに行く、ということが言われますが、そこでは自分らしく振る舞うことが出来ているので実存の不安は感じていません。だから、一見非常識と思えるような行動が平気でできてしまう。遊んでいるときは自分らしく生きていると感じられるのです。

 ――従来型も現代型も根っこは同じということですか。

吉野:私はそう考えています。年代により社会情勢の変化への対応が異なっているといえます。いろいろと議論は分かれますが、バブル崩壊以降の景気情勢は生存への不安を感じさせます。個性を重視して育てられた「ゆとり世代」は、会社とは個性を否定されがちな組織であることに気が付かない。昔はゆとりのあった部長クラスは、プレーイングマネジャーに変り、忙しいだけで魅力がなくなっている。そのような上司から怒られれば、会社にいる間だけはうつ症状になってしまう。

 IT化が進み、手軽に多様な情報が入手できる状況も拍車をかけていると思います。世の中の問題点を煽る報道に焦りを感じ、自分よりもいい会社、やりたいことをしている人たちを毎日のように見せられる。隣の芝生が青く見える環境にあるのが現代です。

未熟と指摘する中高年は
成熟しているのだろうか

 ――現代型を発症する若い世代は未熟。数は少ないですが昔から同じようなタイプはいたはず。

吉野:そうかもしれません。個性を発揮することは大事なこと。ただ、その場を見極められるよう、状況判断ができるようにしていくことが大切です。未熟であるという言い方も一面では正しいと思います。しかし、その表現は、中高年による上から目線での言い方でしかない。では、中高年が成熟しているかと聞けば、同じように未熟ではないでしょうか。

 社内で現代型うつ予備軍の若手社員たちに未熟さを指摘したり、上から目線でモノを言ったりする行為は、それこそ予備軍を正規軍にしてしまうことになります。余談ですが中井久夫・神戸大学名誉教授は成熟について「自分が大勢の中の一人であり、同時にかけがえのない唯一の自己という矛盾の上に安心して乗っかっていられること」と定義しています。滅私奉公の精神で働き過ぎてしまう従来型うつの場合には「かけがえのない唯一の自己」という視点が欠けており、現代型うつの場合には「自分が大勢の中の一人である」という視点が欠けているのです。結局どちも未熟だということになります。

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