「産地ブランド」から「個人ブランド」へ

ぼくたちは「有機野菜」じゃなくて「おもしろい野菜」を作りたい(4)


柳瀬 徹 (やなせ・とおる)  フリーランス編集者、ライター

1972年伊豆大島生まれ。企画・編集をした本に五十嵐泰正・他『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』、久松達央『小さくて強い農業をつくる』、荻上チキ『災害支援手帖』、飯田泰之編『地域再生の失敗学』など。

有機農家対談 「ぼくたちの農業」

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若手農家二人による「ぼくたちの農業」対談の第4回。1970年代に道を拓いた「有機第一世代」が持っていた輝きと、失ったものとは。そして真の「顔が見える野菜」のありかたとは――。

*前回までの記事はこちらから

「有機の時代」は再生するか

久松:いま里山保全が叫ばれていますけど、昔の農家が「里山を保全しよう」と考えてやっていたわけじゃないですよね。純粋に経済行為としてやっていた結果が里山になっていたというだけで、それをヒューマニズムやロマンの文脈でやろうとするのは間違いだと思うんですよ。ちゃんと経済的に成り立つからこそ、美しいし面白いとぼくは思うんですよね。

小川:「環境を守ろう。虫を守ろう」だけでやっていたらそれはただの趣味で、仕事の外でやるべきことです。仕事のなかでやろうとする限りは、経済活動とどうつなげていくか、それが世の中にどういう価値をもちうるのかを考えますよね。みんながやっていたら価値がないし、みんなができるんだったらやる意義がない。

久松:自分にとっての価値は、そもそもそれをやる意味だから絶対に必要ですよね。それが市場価値になるかどうかはアウトプットの問題。飲食店に売ること自体がゴールなんじゃなくて、自分たちの価値をマーケットでの価値にどうつなげていくか、その出口のひとつに飲食店とのコラボレーションや、茅ヶ崎や鎌倉みたいなブランディングがあると思うんですよね。この順番は崩してはいけない。自分たちのやる意味をすっ飛ばしていきなりマーケットまで飛んでしまっても、表層的なものに終わる。面白くないし、たぶん続かない。

左・小川幸夫さん 右・久松達央さん

 70年代の有機農家には、時代のなかでキラキラした価値があったと思うんです。ぼくは98年に就農しているんですけど、そのころでも彼らはキラキラしていた。ところがいまになっても同じことを言い続けていて、そこはもうキラキラしていない。残念だなと思います。

 いまはさほど気にならないようになりましたけど、有機の第一世代の考え方がすごく嫌いな時期もありました。言っていることはわかるけど、その考え方だとすごく間口が狭くなってしまう。明らかなウソも言ってしまっている。

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「有機農家対談 「ぼくたちの農業」」

著者

柳瀬 徹(やなせ・とおる)

フリーランス編集者、ライター

1972年伊豆大島生まれ。企画・編集をした本に五十嵐泰正・他『みんなで決めた「安心」のかたち―ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年』、片岡剛士『アベノミクスのゆくえ』、久松達央『小さくて強い農業をつくる』、荻上チキ『災害支援手帖』、飯田泰之編『地域再生の失敗学』など。

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