この熱き人々

2013年8月28日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 「琵琶湖から流れる瀬田川でカヌーを体験したら、これが実に面白かった。すぐにカヌーの大会に出たら、何と優勝してしまった。あ、俺、これイケるかもって思った」

 山ではもう“初”に挑戦する気力は消えたが、もっと広い自然をフィールドにすればまだまだ“初”に挑戦できる面白い世界がある。運動用具店をやめて繊維を扱う商社に勤めていた辰野は、そこで初めて高機能素材とも出会っていた。強靭で防弾チョッキに使われる「ケブラー」、燃えない特質を持ち消防服に使われる「ノーメックス」……。“初”に好奇心がそそられる辰野は、これで登山用品を作ったらこれまでにない機能を備えた新しい製品ができるのではないかと思いついた。

 「こんな素晴らしい素材があるなら、軽くてコンパクトで快適な登山用品ができるんじゃないかって思ったんです。重くてかさばるものは体力を消耗させる。装備の軽さは速さにつながる。山では重要なことです」

 始めるべきビジネスの姿が見えた。必要なのに世界にまだない初めてのモノを生み出すメーカー。目指すべきコンセプトも見えた。軽さと速さ。Light&Fast。

 28歳の誕生日に繊維商社を退社し1人で会社を立ち上げた辰野の元に、2人の山仲間が仕事を辞めて合流してくれた。3人で麓に立って登り始めた美しい山モンベルは、今や年商420億円、84店舗を展開する。

 商品は、アウトドア好きの社員がみんなでアイデアを出し合って開発し、改善を繰り返しながら店頭に並べる。求めるアイデアは、売れそうなものではなくあくまで自分がほしいと思うもの、あったらアウトドアの楽しみが深くなるもの。

 「マーケットリサーチ? そんなの必要ない。自分たちがユーザーなんですから」

 茶道の面白さに目覚めると、山で一服の茶を点てられたら山の楽しさの幅が広がる。そこから山用のポーチ入り野点(のだて)セットが生まれた。垂直から水平へと視角を広げると、自然の中での時を楽しむという景色が広がる。商品もまた広がる。モンベルがこれまで生み出したアウトドア関連商品は13000点にものぼるという。震災後は、救命胴衣になるクッションや避難所でプライバシーを守れるテントなど、災害対策用品の開発も進む。

 誕生から38年。モンベルは大きな山になった。社員も600人を超える。が、それは生き続けるために必要だったからであって、拡大を目指した結果ではないと辰野は言う。

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