この熱き人々

2013年8月28日

»著者プロフィール
閉じる

吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 「3人で始めて、そのまま新規採用しなければ平均年齢がどんどん上がって、やがて会社は終わっちゃう。平均年齢を上げないためには若い人を入れる。そのためには規模を拡大しなければいけない。30年経てば定年になる人が出て循環が始まるから、拡大する理由はなくなるわけ」

 テレビ番組で色紙を求められた時、辰野は「馬なり 道なり」と書いていた。馬に鞭を当てずに馬の気のまま、曲がった道はそれに沿ってというのは、大成功を収めた経営者より、どうにもならない自然を相手に生き残る冒険家を連想させる。

 「競争しない。無理もしない。勝つ必要はないけど、負けるわけにはいかん。負けないために精いっぱい頑張るしかない。アイツに勝ってやろうと思った瞬間、転びます」

 経営の話のようでもあり、自然と人間の関係のようでもある。

 「今ここでどっちの選択をするのか迫られるのは、山も経営も同じ。その時、何を一番大切に考えるのか。軸になるものを間違うと命を失います」

 モンベルの軸になるのは、経営拡大でも売り上げ記録更新でもなさそうだ。

 「時代に逆行するようだけど、経営の基本理念は日本型終身雇用形態です。自分の社員のクビ切って社会貢献と言われてもなあ、今イチ信用できない。まず自分の社員を守る。これが一番するべき社会貢献であって、最低限企業が果たさなければならないCSR(企業の社会的責任)だと私は思ってます」

 だから、社員が世界一幸せだと感じてくれる会社にしたいのだと真一文字の視線で言う。会長が幸せでも社員はどう思っているかわからない、と切り返されることもある。

 「そんなんは知らん。でも、少なくともトップが幸せと感じていない会社で働いている社員が幸せと思えるはずはない。それは間違いない」

 これから大阪の本社に向かうという会長のこの日の服装は、トレーナーにバックパック、スニーカー。すべて自社製品。辰野にとって会社も日々好奇心をそそられるアウトドアのフィールドなのだろう。その後ろ姿からは、確かに幸福感が漂っていた。

(写真:佐藤拓央)

辰野勇(たつのいさむ)
1947年、大阪府生まれ。中学時代に登山に目覚める。75年、アウトドア用品メーカー「モンベル」を設立、07年、会長に就任。自然災害の被災者支援にも力を入れ、東日本大震災のときには「アウトドア義援隊」を組織しボランティア活動に奔走した。

 

◆「ひととき」2013年8月号より

 

 

 

 

 

「WEDGE Infinity」のメルマガを受け取る(=isMedia会員登録)
「最新記事」や「編集部のおすすめ記事」等、旬な情報をお届けいたします。

関連記事

新着記事

»もっと見る