この熱き人々

2013年9月16日

»著者プロフィール
閉じる

吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 そこでホームヘルパー2級の講習を受けられることを知った。福祉に関心があったわけではなかったが、これまでフィールドワークで地域の高齢者に話を聞いてきた。介護の技術や知識があれば、これまでとは違うアプローチが可能になるかもしれない。3カ月の講習を受けることにした時は、民俗学者としてフィールドに戻る自分を想定していたのである。しかし、根が真面目、どんなことにも全力で取り組む気性なのだろう。適当に折り合いをつけられないその気性ゆえに苦しみ、その気性ゆえに核心に向かってまっしぐらに進むエネルギーもまた生まれる。

 「これまでと全然違う勉強だから、真面目に本を読んで、論文みたいなレポートを一生懸命書きました。知らない世界を知り、新しい知識を得る行為は面白いですから」

 資格の取得後は、ハローワークだから仕事に結びつく。3カ月後には県内の特別養護老人ホームの介護職員としてデイサービスセンターに配属された。1日45人、全体で150人の利用者や家族が最も求める入浴サービスに6人の職員があたり、デイルームでも3、4人で対応する。それでも段取りが悪いと間に合わない。流れ作業にならざるをえないほど、介護の現場は忙しく重労働でもある。

 そんな中でも、利用者のちょっとした仕草や呟かれた一言が六車の好奇心を刺激した。例えば、立ち小便の動作をする女性には、戦前から農業をして生きてきた歴史がある。「ただ生きているのは地獄だ」と呟いた男性に、かつて携わってきた仕事の話や経験してきたことを尋ねると、目を輝かせていろいろな話をする。現場があまりに忙しくて、入所者やデイサービス利用者たちが発している言葉に気づかないだけで、実はいろいろと話しているのではないか。どんな暮らしがあり、どんな思いで生きてきたのか、その背景には何があったのか。聞きたいと思う。知りたいと思う。だから細切れの時間を繋ぎ合わせながら、話を聞くことが楽しみになった。

 「最初はただ純粋に知りたかった。でも、話を聞くとメモをとりたくなったんです。ポケットにボールペンとメモ帳をいつも用意して書きとめ、夜に家でパソコンに打ち込んでいるうちに、もったいないなあと思うようになって、ほかの職員に見てもらったりしていました」

 メモ片手に話を聞き書きしている姿は、まるで尋問しているようだと非難されもしたが、六車の経歴を知っている職員の中には、回想の時間を与えるからやってみなさいと理解を示してくれる人も出てきた。

関連記事

新着記事

»もっと見る