個人美術館ものがたり

2009年4月15日

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赤瀬川原平 (あかせがわ・げんぺい)

画家、作家

1937年、神奈川県生まれ。60年代にネオ・ダダイズムなど前衛芸術運動に参加。80年「尾辻克彦」名の『父が消えた』で芥川賞を受賞。『散歩の学校』『昭和の玉手箱』『千利休 無言の前衛』など著書多数。

 

3室あるうちの第一展示室。ほぼ中央に見えるのが前述の写真、蛙の石灯籠。

 楠美さんは暁翠からの禁を守り、絵を捨てて眼科医の道に進んだ。でも戦後の美術史から暁斎の名がまったく消えていることの理不尽さに、これではいけないと思い立ち、この記念美術館を創設し、さらにあれこれのことを積極的に調べはじめた。コンドルの墓が護国寺にあることを知り、墓参りに行くと、墓はすっかり寂れている。法要をしたいからお坊さん5人揃えて下さいと申し込み、コンドルのいた東大にも声をかけた。藤森照信氏をはじめ、教授が何人も来てくれた。せっかくだから講演会も開き、そんなことから、暁斎が弟子コンドルの前で描いて見せた「大和美人図屏風」の在りかが見つかったりする。河鍋暁斎記念美術館は、そこからさらに発展していった。先述のように、本画はほとんど家に残されていないので、楠美さんの力で少しずつ買い戻していった。

  駅から少し遠い住宅地の中の美術館だから、入場者は少ないようだ。この日若い男女二人連れが静かに鑑賞していて、ふと見ると、男の首筋に濃密な刺青がちらりと見える。静かな空気が、一瞬、さらに静かになったようだった。楠美館長によると、暁斎の絵は刺青という独特の世界でも、強い人気があるという。

  なるほどと合点した。西洋人のコンドルも、知識からというより、素で見た絵の力に直接引きつけられたのだ。たぶん刺青世界での人気も、同質のものだろう。暁斎の絵の中にある熱と、緻密な技巧と、物の見方と、見せ方と、もろもろの渦巻く力にどうしても引きつけられてしまうのだ。

注4)  東京都文京区の寺院

河鍋暁斎記念美術館

幕末から明治にかけて活躍した絵師・河鍋暁斎(1831〜89年)とその一門の作品を展示する美術館。曾孫にあたる河鍋楠美氏が、自宅だった住居を改装して1977年に開館した。現在は暁斎が遺した豊富な下絵を中心に、肉筆画、版画などおよそ3200点を所蔵。2〜3カ月ごとに展示替えをするほか、研究誌の発行や講演会の実施といった活動も精力的に行っている。

埼玉県蕨市南町4-36-4 ℡ 048(441)9780

<開>10時〜16時
<休>木曜(祝日および振替休日の場合は開館)、毎月26日〜末日、年末年始
<料>一般300円

◆「ひととき」2009年4月号より

 

 

 

 

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