経済の常識 VS 政策の非常識

2013年11月4日

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 1936年に議長になったマリナー・エクレスは、インフレと過剰な投機は雇用が十分に拡大する前に発生し、金融政策は不況下の経済を刺激することはできないと言っていた。発言していた通り、彼は36年に金融を引き締め、大恐慌から回復していたアメリカ経済を再び不況に追いやった。

 78年に議長となったウィリアム・ミラーは、アメリカ経済が実現できる失業率はずっと低く、稼働率が上がってもインフレになりにくいと言っていた。実際に、インフレ率が上がっていたにもかかわらず金融を拡張し、2桁インフレをもたらした。

 彼らは言っていた通りのことをして、その通りに失敗した。エクレスとミラー以外の議長は、百点満点とは言えないが、まあまあ合格点だったのではないか。両ローマーの論文は、サブプライム・ローン証券が問題となる以前、リーマン・ショックの前の04年に書かれたものだから、グリーンスパン議長は賞賛されている。グリーンスパンが金融緩和を続けすぎたと言えばその通りだろうが、ダメな議長とまでは言えないだろう。87年から06年の少し前まで、アメリカ経済をほぼ適度に景気の良い状態にしていたのだから。

 前述のように、日本で、日銀総裁の要件として、その考えが重要であったと認識されたことは、現在の黒田総裁が選ばれたとき以外にはあまりなかった。彼らが金融政策について、明確に発言することもあまりなかったからでもある。しかし、それでもある程度は発言がある。

 98年に日銀総裁になった速水優氏は、物価が下がるのは良いことだという「良いデフレ」論を唱えていたし、円高も望ましいことだと発言していた。速水総裁時代、実際に、デフレが進展し、円高にもなった。

 03年に総裁になった福井俊彦氏は、日本のデフレは根深く、金融政策だけではデフレから脱却できないと言っていた。08年に総裁になった白川氏もそうである。両総裁の時代もデフレが続いた。金融政策ではデフレから脱却できないと言っていた通りである。

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