この熱き人々

2013年10月14日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 一流の芸者に必要なのは「張りと意気地」だという。張りも意気地も、のんべんだらりとしていては保てない。無理をして自らに緊張を課して保つもの。今でも弟子が途切れたら、自分のための稽古を欠かさない。

 「落ちていく自分が我慢できないの。一歩でも進んでないと後退しちゃう。だから毎日勉強しなきゃね。お客様の目、母の目、息子の目があったから恥ずかしくないようにシャンとしていられた。最近は孫の目まで加わってるからね」

 しっかりした足取りで階段を上がり、2階の広間で三味線を抱える。80年近く撥(ばち)を握り続けた指は、ばね指(指の腱鞘炎)で痛々しい。が、そんな素振りは一切見せない。「帯止めを結ぶ時は痛くて大変なのに、三味線を持つと痛さを忘れちゃうのよ」と笑う。生涯現役を目標にしたわけではないが、気がついたら90歳まで現役だった。

 「こうなったら100歳現役を目指すわよ。まだ目も耳もいいからね。耳が遠くなると三味線の調子合わせができなくなる。その時はどうしたらいいか……『ねえ、合ってる?』って若い子に素直にお茶目に聞いちゃおう。絶対そうしよう」

 職業を決めるのも、出産を決めるのも、すべて自らの心に叶う道を自らの責任でまっしぐらに歩き続けてきた。透き通った声で小唄を披露する姿に、くっきり通る見事な筋目が見えるようだった。

(写真:佐藤拓央)

浅草ゆう子(あさくさ ゆうこ)
1923年、東京本所生まれ。13歳で浅草の芸者置屋「新菊の家」に奉公に上がり16歳で芸者に。43年、20歳で独立、52年に「新菊の家」の看板を譲り受け現在に至る。清元、宮薗節、荻江節、大和樂名取。小唄師匠。平成13年度優良芸妓顕彰。現在、花街芸能継承師範。著書に『いつでも今がいちばん。』(世界文化社)がある。

◆「ひととき」2013年10月号より

 

 

 

 
 

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