2024年4月16日(火)

科学で斬るスポーツ

2013年12月2日

同期発火に必要な、「気持ちが伝わる」という感覚

 番組では触れられていなかったが、実はこの同期発火に不可欠なのが「相手に自分の気持ちが伝わる」という感覚だ。その感覚を選手全員に持たせるために、脳科学に基づく布石が、佐々木則夫監督と、林教授の話し合いをもとに、なでしこジャパンで実践されていた。

 それは、「チームメートを好きになる」「チームメートの心に入る会話をする」「共通の目標をもつ」「チームメートを尊敬しあう」ということだ。林教授が、時には12時間もかかる手術に耐えられるチームワークが必要な脳神経外科チームを率いているときのやり方でもある。

 難しいことではない、どこでもできることだ。しかし、それを持続して行うことは高いモチベーションが求められている。具体的には、

(1)相手の言った言葉を先に受け、それから意見を言う習慣
(2)相手の脳が反応する間合いを取る
(3)立場を入れ替えて考える習慣
(4)どんな嫌な上司・部下でも自分を高めるための神様が遣わした人と思うことだ

 この実践があったからこそ、選手同士の会話が活発になり、互いを認め合うことができ、W杯、五輪本番で信頼することができた。この信頼感こそが、緊張や体力消耗を余儀なくされる修羅場で、安定的な力を発揮する原動力となったと言えるだろう。

マラソンの福士も、脳科学で成果出す

8月、ロシアの世界選手権で銅メダルに輝いた福士加代子
(写真:picture alliance/アフロ)

 脳科学の視点で戦略を練り、成績を残した選手には、今年8月ロシアの世界選手権マラソンで銅メダルを獲得した福士加代子がいる。

 6月ごろ不調だった福士は、林教授に相談を持ちかける。福士は常に先頭を走り、後半失速するレースを繰り返していた。「後半に失速しないにはどうしたらよいか」。一種のバーンアウト(燃え尽き症候群)だった。

 そのための林教授は、これまでとは違う「ニュー福士物語を作ろう」と持ちかけた。35㎞付近までは、自分の前に出たい気持ちを押さえて、先頭集団の後ろにつき、集団の選手らと同じリズムを刻む「同期発火」をして走るよう提案。実際のレースは、30㎞で4人の先頭集団から脱落したものの、スタート時の気温が27度という猛暑にもかかわらず、驚異的な粘りで最後に1人を抜き返した。脳科学的な視点だけでなく、熱中対策として背中や肩甲骨をスポンジで冷やし、体力を温存することに成功し、福士の代名詞とまで言われる「後半の失速」を克服した。


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