2024年4月26日(金)

佐藤忠男の映画人国記

2009年5月5日

 大阪弁のお喋りが見事な芸になって多くの名演を残している女優に浪花千栄子(1907〜1973年)がいる。大阪弁でもとくに毒舌の激しさで知られる河内の出身で、小さい頃からロクに小学校にも行けない境遇で苦労して、女中奉公やカフェの女給から女優になった。戦後に中年になってから出たNHK大阪の連続ラジオドラマの「アチャコ青春手帳」という人情喜劇の母親役で人気がブレークした。漫才の人気者の花菱アチャコを相手役にして早口の河内弁で叱ったり励ましたりする。そのお喋りにジメジメしない情のぬくもりがあって、大阪弁の良さを全国に知らせるのに功績があったと思う。お笑い芸に近いところで認められたわけだが溝口健二の「近松物語」や小津安二郎の「彼岸花」といった格調高い芸術映画でも大阪の上流社会の奥方さまの威厳のある立居ふるまいやユーモラスなようで皮肉な含みのある口の利きかたなどが名人芸であった。

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 もちろん大阪出身の俳優たちを話術だけで語るわけにはゆかない。山本富士子(1931年〜)や八千草薫(1931年〜)など、あくまで上品でつつましく、したがってあまり軽々しいお喋りなどはしない日本的な中流上流の女性を演じつづけた女優たちもまた大阪市出身である。とはいえ小津安二郎監督の「彼岸花」では、山本富士子は大阪の上流家庭のとっても上品なお嬢さんを演じていたが、これがなんと、じつにチャーミングで軽妙な大阪弁のお喋りをするのである。まあ、ふだんは彼女はしんねりした役が多いので、これは小津安二郎の意表をついた配役の妙だった。八千草薫は宝塚歌劇団出身で、映画界入りして間もない頃にイタリアとの合作で主演した「蝶々夫人」のお蝶さんとか、三船敏郎の「宮本武蔵」のお通さんなど、本当に純情可憐で、しかもパッと明るいというところがユニークな存在だった。熟年になった「阿修羅のごとく」などでも、いつものように言いたいことをじっと胸に秘めた役をしめっぽくならずに好演している。

 戦前から戦後の女優、花井蘭子(1918〜1961年)も、つつましく、おとなしく、万事ひかえめなところが日本的だと言われるタイプの目立たないが根強い人気のあるスターだった。笠智衆のたぶん生涯で一度のラブシーンの相手を演じた「生きている画像」の画家の妻の役など忘れ難い。

 戦後の大物女優はまず京マチ子(1924年〜)である。大阪松竹歌劇団の出身で、大阪劇場のラインダンスのダンサーから出発し、戦後の開放的な気分を代表するような強烈なリズムと大胆な動きのダンスで評判になった。その人気で映画にスカウトされ、谷崎潤一郎の「痴人の愛」の奔放な女ナオミ役でヒット。続いて黒澤明の「羅生門」。三船敏郎の盗賊と肉弾相撃つようにぶつかり合う女を、爽快なまでに元気よく美しく演じ、世界的な存在になった。


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