研究と本とわたし

2013年12月27日

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中田正則 (なかた・まさのり)

フリーライター

1956年京都府生まれ。早稲田大学卒。出版社等勤務を経て1986年に独立。以来、主として雑誌媒体で、ビジネス・経済・経営・人事分野の取材記事やインタビュー等を中心に執筆。

――温泉など高温の環境下で生育する“好熱菌”の研究で知られる大島先生。やはり子どもの頃から、化学や生物などに関心がおありだったのでしょうか?

大島泰郎氏 (撮影:ウェッジ書籍部  以下同)

大島泰郎氏(以下、大島氏):特にそういうわけではありませんでした。私の子ども時代はちょうど戦争と重なっていて、それどころではなかったということもあるでしょうね。

 東京生まれですが、小学4年の時に、まず栃木県の那須郡に学童疎開をし、その後、母の実家がある尾張一宮と木曽川の中間(現一宮市三条)に家族で疎開して、中学1年までそこで過ごしました。

 実は私は、“小学校”には1日も行っていません。というのは、私が入学する年の4月1日から、戦時体制で小学校が“国民学校”になりましてね。5年生のときに戦争は終わったのですが、学校の制度がすぐには変わらず、卒業したとたんに、また“小学校”が復活したというわけなのです。

――すると化学や生物に興味を持たれるようになったのは、いつ頃からでしょうか?

大島氏:中学生のときに1冊の本と出会ったのがきっかけです。

 終戦の少し前に、尾張一宮郊外の小学校に若い男の先生が転任して来られましてね。当時、その世代の男性は根こそぎ動員されていたこともあって、その先生の授業はとても新鮮で、よく質問したり話したりしていました。卒業してからも、ときどき名古屋にある先生の家まで訪ねて行ったりしました。

 中学2年の2月に東京に戻ることになったのですが、挨拶のために先生の家に行ったときのことです。親からもらったお金で何か本を買いたいと思って、先生に名古屋の丸善書店に連れて行ってもらいました。

 そこで本を選んでいるうちに、何となく手に取ったのが『要説 新無機化学』(亀高徳平・樫本竹治共著、丸善出版 1948年)という本。先生に「この本を買おうと思うのですが、どうでしょうか?」と尋ねたら、「これはいい本だ」と言って下さったので、買ったのです。結果として、この本が私の以後の人生を決めることになりました。

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