この熱き人々

2014年1月20日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 「今回の帰国でも、浜松の実家に帰りました。旅に出ると、景色も空気も言葉もみんな初めてで真剣に焼き付けようとするけど、生まれてから18歳まで過ごした浜松は、すでにしっかり焼きついているから真剣に見なくても角を曲がると何があるかもわかっている。だからすごい安心感があります。絶対に道に迷わない。地理的にもそうなんだけど、人生観としても、ここに身を置けば迷わないという安心感があるんです」

音楽に目覚める

 世界中を回りながらも、いつでもそこにある気の休まる港が浜松であり、港があるから思い切り羽を伸ばして自由に航海できる。浜松は生まれ故郷であると同時に、上原にとっては音楽の楽しさと出合った原点でもある。ただ、両親が音楽関係の仕事をしていたわけでも、音楽教育に燃えていたわけでもなかった。

 「夕食の時には音を消しなさい、みたいな普通の家。おばあちゃんは美空ひばりが好きで、父は吉幾三を聴き、母はテネシー・ワルツを口ずさむっていう家でした」

 ピアノを習い始めたのは6歳の時。子どもに何か習い事をさせようと両親が思い立った。その“何か”の最初の一つがたまたまピアノで、その後ソロバンや水泳も加わっている。近所の先生からピアノを習い、ヤマハ音楽教室で作曲や歌を習った。1週間に1度、4小節、10秒、20秒という小さな曲を作る子どもたちのグループレッスンとはいえ、上原にとってここが気持ちを音にする楽しみを覚えた作曲の原点。一方ピアノは、基礎的な指の動きを丁寧に覚えるハノンから入るが、はっきり言ってあまり面白くはない。ウトウトしながら手を動かす上原に、ピアノの先生は「ジャズっぽくスイングしてみようか」と言った。真似して弾いてみたら楽しかった。きっと目が輝いたのだろう。そんな反応を見て、先生はオスカー・ピーターソンやエロル・ガーナーなどのレコードを聴かせた。自由に音が躍るようなスイング感を幼心に面白いと感じた。

 「とにかく音楽が好きな先生なんです。ジャズも好き、ジャクソン5も好きって感じで、いろいろな音楽を聴かせてもらいました」

 ジャズピアニストという肩書きでは捉えきれない幅を感じさせる上原の音楽は、ジャンルを軽々と越境してボーダーレスな広がりを見せる。そんな自由で奥深い音楽の楽しみは、浜松から東京に出る18歳まで師事したこのピアノ教師との出会いによって豊かに育まれたのだろう。

 その頃の上原の夢は、大好きなピアノを毎日弾けるピアニスト。

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