今月の旅指南

2014年1月24日

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狩野直美 (かのう・なおみ)

東京生まれ。フリーライター。旅行業界誌の記者・編集者を経て、1994年からフリーランスに。主に海外旅行関連誌、ウェブマガジン等に記事を執筆中。

 「ヤーヤー、我こそは……」。合戦時の武士の名乗りに由来する「ヤーヤ祭り」。三重県の尾鷲(おわせ)神社の例大祭で、町を挙げての勇壮な祭りだ。今から約350年前の万治4(1661)年、戦国時代の合戦の勝利を、尾鷲神社の主祭神・武速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)の神力とし、これを後世に伝えようと始まったといわれる。

 「鎌倉時代から宮座の親方衆が執り行ってきた大祭式、大弓の儀などの神事に、氏子が中心となって行う練り、大名行列、手踊りなどの祭事を採り入れたのがヤーヤ祭りです。毎年、旧尾鷲町の20町の中から持ち回りで3町が、親方衆に代わり祭りを挙行する祷務(とうむ)町となります」と、尾鷲神社宮司の加藤守朗さん。

「チョウサじゃ!」の掛け声とともに、押し合うヤーヤ衆

 2月1日の午前0時、大神のお出ましを乞う「御扉開きの神事」で、祭りの幕が開く。歴史を奉告する「由緒祭」、午後7時にはヤーヤ衆と呼ばれる、旧尾鷲20町の若衆が市内を練り歩く「在回(ざいまわ)り」へと続く。2~4日は午後7時から祭りのハイライトのひとつ「ヤーヤの練り」が繰り広げられる。練りの舞台となる祷屋は祷務町の代表者の家が基本だが、最近では公民館になることも多いという。白装束のヤーヤ衆は各町ごとに集団を組んで祷屋に出向き、待ち受ける若衆と押し合いになる。3つの町の祷屋が合体して練りを行う場合もあり、全町合わせて500~600人規模の激しい練りになるケースもあるそうだ。

*神職がいない神社で、神事を執行する祭祀集団

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