ブルキナファソ見聞録

2014年2月14日

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岡田綾 (おかだ・あや)

JICA職員

1982年兵庫県西宮市生まれ。小学校6年生のときに阪神・淡路大震災を経験。2005年京都大学文学部社会学科、2007年同大学大学院地球環境学舎環境マネジメント専攻修士課程修了。環境やコミュニティ防災について学ぶ。就職活動では、「その人自身のせいではないが、理不尽な境遇におかれてしまった人のために仕事をしたい」と考え、他の関心事項であった「途上国・国際協力」も満たす組織として、独立行政法人国際協力機構(JICA)を志望し、2007年入構。地球環境部、広報室などを経て、アフリカ勤務を希望し、2012年12月よりブルキナファソ事務所に赴任。

 「最近の子供はトーがあんまり好きじゃないんだよ」

 昨年暮れ、同僚が日本へ帰国する直前、その送別でこれまで一緒に仕事をしてきたブルキナファソの農業省の方々と食事をすることになり、別の同僚の家で日本食を振る舞った。天ぷら、巻き寿司、高野豆腐の煮物、ポテトサラダなどなど。

 残念ながらブルキナファソで手に入るものばかりではないので、日本から持参した食材、輸入されてブルキナファソ国内で売られている食材、加えてもちろん、ブルキナファソ産の食材でのコラボレーションである。天つゆに大根おろしを入れて、一人一人に渡して、「これは飲むのか」「いやいや、この天ぷらをつけて食べるんだ」「寿司にはこのお醤油を少し」と食べ方の説明でひとしきり盛り上がる。しばらくすると、巻き寿司を天つゆにつけている人がいた。どうやらそれがお好みらしい。

昔ながらの国民食「トー」

 お腹も少し落ち着いて、食文化の話になった時、高野豆腐は保存食として昔から親しまれている食材の1つだという話の後、農業省の人から「ブルキナファソでは、最近はトーが好まれなくなってきている」という声があがった。

とうもろこしの粉で作ったトー(左)と葉っぱのソース

 トーとは、トウモロコシなど穀物の粉をお湯でとき、熱しながら勢いよく練り上げた日常食。そばがきのようなプリンのようなふわふわとした食感で、これにオクラソースやトマトソースなどをかけて食べる。家庭料理で、少々手間もかかるので、首都にある地元料理屋ではコメやパスタなど調理しやすいものが出されていることが多く、私達はなかなかお目にかかれないのだが、村落部に行けばごく一般的に食べられており、首都でも家庭の中では今なお食べられている。いわゆる昔ながらの国民食なのだが、どうやら若者や子供の間では、そのトー離れが進んでいるらしい。

食文化の変化から感じる
ブルキナファソの「過渡期」

 いつだったか日本の新聞記事で、コメを特集したものがあった。世界各国のコメを取り巻く状況を取材したもので、そのトップに掲載されていたのがブルキナファソとも国境を接するガーナのコメ事情。経済成長が進み、所得が上がることで、これまで口にする機会の限られていたコメを好んで食べる人が増えたという。

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