障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた

2014年3月13日

»著者プロフィール

 「2020年(パラリンピック東京大会)というよりも、今年の4月からが勝負なんです。この春から社会人になる僕にとっては、その都度、その都度、全ての試合が勝負になってくると思うんです。4月に九州で大会があるのですが1本目から爆発してやろうと思っています」

 この春筑波技術大学を卒業する小西正朗は、本稿取材時(2014年1月現在)、卒業後も視覚障害者陸上選手として競技を続けられるようアスリート採用を目指して就職活動をしていた。

 卒業を間近に控え就活中とは不安も大きいだろう。しかし、「そのとき、そのときに出来ることをやらないと後悔すると思う」とあくまでもアスリートとしての自分にこだわりを持っている。たとえ選択肢が絞られようともアスリートとして勝負できる環境を目指したい。それは2年間フィールドから離れていた時期に味わった飢餓感が小西を駆り立てているからだ。

小西正朗さん

視力が落ちても、変わらずスポーツを楽しむ

 視覚障害者陸上競技選手・小西正朗。1987年両親と2人の姉、兄のいる末っ子として奈良県に生まれる。

 小さい頃から活発で幼稚園の時はスイミングクラブに通い小学校に入学してからは地元のサッカーチームに入った。休み時間には友達と遊び、身体を動かすことやスポーツが大好きな少年だった。だが、小学2年から3年生に上がる頃になって視力が急激に下がりはじめた。それに気付いた両親は小西を連れていろいろな病院を回り、ある時は名古屋まで足を伸ばした。

 「結局地元の大きな病院に落ち着くんですが診断は『黄斑ジストロフィー』という病気でした」

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る