障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた

2014年4月24日

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 しかし、東京・調布で行われた2009年のアジア選手権の決勝「日本vs中国」を観戦し目が覚めた。中国選手の身体能力が高く、憧れの日本代表とのレベルの違いが明らかだったからだ。

 「恐怖心は自分との戦いです。もっと上手くなれば接触することもなくなるし、怪我も減るんです。全て自分の責任なんだと気づいたら恐怖心は吹っ切れました」

 コートに復帰した川村。ちなみに、田村選手のプレーを見たときはまだ「弱視」の状態だったが、その後視力は低下し、2009年のアジア選手権観戦の際にはかなり見えづらい状況で、一緒にいた友人に解説してもらっていた。2012年頃には「見えない」状態になり、昨年2月の検査で全盲クラスの診断を受けた。

 その川村が日本代表に選ばれたのは同年3月。ブラジル代表との親善試合だった。

 「日本代表選考会で憧れの日本代表に選ばれほっとした気にもなりましたし、これで世界と戦えるスタートに立てたぞという思いがしました。デビュー戦が世界一のブラジルでした。結果は2-1の敗戦ですが、レベルの差がありすぎて一度心が折れました。ですが最後の最後、どちらのチームも一番苦しい時間に走り切れたことが僕の強みだと感じました」

 心が折れた……というが、このデビュー戦でゴールを決める強運と強心臓の持ち主だ。「走り切れた」のは、「陸上部時代の努力の賜物かも」とはにかむ。

 川村は現在、日本ブラインドサッカー協会のパートナー企業であるアクサ生命保険(株)でセラピストとして勤務する傍ら2016年のリオパラリンピックに向け「努力することは誰にも負けない。その自信はあります」と日々の練習に励んでいる。


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