この熱き人々

2014年7月9日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 「私って何て運が悪いんだろうって思った。でも、これまで両親との関係で自分が被害者的な位置づけをしてきたけど、自分の体の中に生じた病は誰のせいでもない。自分が自分で抱え込んだ困難だもの。陶芸はもうできない。入院した2カ月、しみじみ考えました。人間の根源的な悲しみや苦しみを自分のこととして引き受ける釈尊への尊敬の念がふつふつと湧いてきました。病の中で言葉と出会い直して、ベッドの上で俳句をやろうと決意しました」

 皮肉にも、病気が精神の立ち位置を変え、視点が動き、そこから外の困難と内の困難を突き抜ける通路が開いて、心の中にも川原が広がるきっかけになったのかもしれない。そんな出来事と並行するように、恩田は唯識(ゆいしき)という仏教の根底にある哲学を25年にわたって学び続けている。

 「ひとことで言うと、私が変わることが絶望から救われる唯一の道だということを教わったってことかな。今絶望しているのは、我執にとらわれた自分が絶望しているのであって、自分が変われば世の中も変わる。諸行無常、万物は流転する。でも自分こそが変わる。深層心理の中には深い生命の歴史が横たわっていて、罪悪も美も個を超えてつながっている。個で完結しているものではない。そういう認識に立てた時、厭世観がやっと消えました」

 恩田が半世紀もの時をかけて辿(たど)り着いた道のりの厳しさも深さも、表層でわずかに感じる力しか持ち合わせていない残念な私は、ただ目の前の恩田を抱きしめたくなる衝動を抑えながら、恩田の言葉を聞いていた。

 石抛(はふ)る石は吾(われ)なり天(あま)の川

 ドゥマゴ文学賞の贈呈式で恩田が朗読していた句がふと思い出された。石になりきった恩田。天の川になりきった恩田。石なのか天の川なのか自分なのかよくわからない恩田。この句の不思議な感覚に接した時、研ぎ澄まされた言葉の世界と、言葉を超えた世界の境目に自らの確かな居場所を見つけたのではないかという気がした。個と、個を超える命の蓄積の世界を自由に行き来できる境界の場所はまた、俳句の真髄にもつながっているようにも思える。

 しろがねの露の揉(も)みあふ三千大千世界(みちおほち)

 葉っぱの上の露とそれを包む無限の宇宙が戯れ合うようなイメージが浮かぶ。凄い句だなあと思う。でも、その中で気ままに心を遊ばせてもらえるのは面白そう……とも思う。

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