WEDGE REPORT

2014年5月21日

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杉山大志 (すぎやま・たいし)

IPCC第5次評価第3部会報告書 統括執筆責任者

1991年東京大学理学部物理学科卒業。93年東京大学大学院工学研究科物理工学修士了、(一財)電力中央研究所入所。国際応用システム解析研究所(IIASA)研究員、国際学術会議科学執行委員、京都議定書CDM理事会パネル委員、産業構造審議会専門委員、IPCC第四次評価第三部会及び統合報告書主著者を経て、現職。(一財)電力中央研究所上席研究員。

 こうしてみると、2度シナリオの実現には現状から奇跡的な変化が必要である。報告書のとりまとめにあたったOttmar Edenhofer共同議長はプレスリリースで「the challenge is huge, huge, huge」と表現した。

 IPCCでは2度シナリオのコストも報告した。国際協調と技術革新が理想通り進む場合でも、温暖化対策のために、30年において世界のGDPの1~4%が失われるとした。例えば現在の日本のGDPの1~4%といえば5兆円から20兆円だから、これは相当な金額である。

 のみならず、技術革新が停滞したり、国際協調が不完全な場合には、このコストはさらに跳ね上がる。コストは容易にこの数倍になるし、コストが無限大、すなわち「解なし」となる場合もある。以上の検討を踏まえて、2度シナリオの実現は極めて難しいのではないか、との見解があることも記載されている。

「2度」の科学と政治

 何やら現実味が薄いようだが、ではなぜIPCCは2度シナリオについてやけに詳しく報告したのか?

 これは政治的な要請に答えるためだった。「2度」は古くは1979年の文献に既に言及されているが、さほど根拠があったわけではない。いまでも温暖化の悪影響はよく分かっていないが、当時はもっと分かっていなかった。何となく、産業革命前の2倍程度が温室効果ガスの抑制目標として適切と考えられ、それは当時のモデルでは2度程度の温度上昇を意味する、といった程度の認識に基づく数字の選択だった。

 だが環境問題においては、しばしば、この手の数字はマジックナンバーとなる。「2度」は温暖化防止の象徴とされるようになった。政治においても、まず欧州連合の目標になり、次いでG8や国連の目標とされるに至る。これを受けて、研究者は2度シナリオを集中的に研究するようになった。各国、とくに欧州政府は、それを奨励した。

 このため、IPCCの文献調査対象も、2度シナリオが極めて多くなった。もちろん、研究者たちは、2度だけではなくて、3度や4度のシナリオも検討している。だが徐々に政治的な影響が強くなり、とくに諸国政府がベルリン総会でその文言を一言一句交渉する「政策決定者向け要約(Summary for Policy Makers=SPM)」に至ると、イギリス・ドイツなどからの強い意見もあり、専ら2度シナリオだけが議論されるようになった。

 だがこれはシナリオ分析としては落第である。本来はシナリオ分析というのは、さまざまな将来像を政策決定者に示し、意思決定の材料にするためにある。今回のIPCCのシナリオ分析では、選択肢はただ1つ、2度シナリオに絞られており、それを実施するか否かしか議論の余地がない。

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