この熱き人々

2014年9月11日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 94年は、父39歳、七之助は11歳。父が背負っていたものの大きさを間近で感じていた七之助もまた、自分にとって大きな影響を与えたのは串田和美だという。

 七之助がコクーン歌舞伎に初めて参加したのは07年、24歳の時。「三人吉三(さんにんきちさ)」のおとせ役だった。

 「歌舞伎でもまだあんな大人の役はやっていなかった時でした。芝居とは何なのか僕は全然わかってなくて、串田さんに手取り足取り教えてもらいました。その頃は型を覚えることがすべてで、覚えたことを一生懸命やればいいと思っていたんです。

 それは違うと気づかせてもらった。型があってもなぜその型になったのかを考えなきゃいけない。セリフもイントネーションだけでは伝わらない。そのことを付きっきりで丁寧に教えてくれたんです。サジを投げられていたらおしまいだった。父は怒るだけなんですよ。『何でできないんだよっ』って。父が怒って、串田さんが諭してくれた。今ではそう思っています」

 意識しなかったことを意識すると、これまでできていたことがうまくできなくなる。セリフをしゃべっている時の手の動きが気になる。歩いている時も気になる。それまで感じなかった戸惑いを感じたという。

 「ただ歩くだけでテレちゃったり。小道具を持っていないと不安になったり。手ぶらで花道を歩くなんて死ぬも同然なくらい。ただ歩いているからダメなんだって言われました。例えば、大事なお金を落として、死のうとする。ただふらふらさまよっている格好だけで歩いているからテレちゃう。それぞれの“なぜ”を考え尽くせって教えられました。人は歩く時にテレたりしないですものね」

 それらしさをただ型にのせて正確に巧みに演じ、そのことに自分で気づかなければ型は極められても心は極められない。気づかされてしまったがゆえにぎこちなさやテレが生まれたなら、自分で考え尽くして乗り越えなければならない。表面を巧みになぞる自己満足ではなく、内面をえぐる苦しさに耐えて心を演じられる役者への道を、串田と父が二人三脚で七之助に伝えたということなのだろう。型や頭で動きを決める姿勢を一度は壊さないと、父や串田の目指した猥雑(わいざつ)な観客のエネルギーと交歓するような歌舞伎の心を共有できない。

 「そこから少しずつ変わっていけたように思います。自分の中でストップさせてしまっていたものがあったんですが、そんな殻が破れてきたような気がします」

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