研究と本とわたし

2014年8月27日

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木村克彦 (きむら・かつひこ)

フリー編集者・ライター

1957年、東京都生まれ。フリー編集者・ライター。この数年は精神医学と市民をつなぐ媒体づくりにも力を注いでいる。関連する編書に『うつにサヨナラ』、『脳とこころ』(ともに小学館)などがある。

──いま振り返ってみて、研究者へのスタートラインはどこにあったと思われますか。

海部陽介氏(以下、海部氏):小学生のときから研究者になろうと、うっすらとですがイメージしていたんです。父は天文学をやっていて(国際天文学連合会長の海部宣男先生)、その影響は間違いなくあったと思います。

 趣味の範囲がとても広い人だったので、たとえば化石探しに連れて行ってくれたり、家族で野尻湖(4万5000年前のナウマンゾウやオオツノシカ化石が出る場所)の発掘に参加したり……。

海部陽介氏(撮影:書籍部)

 研究者になりたいといっても具体的な分野は決めていなくて、ずっと自分のテーマを探し続けていました。天文学も面白そうだけれど、父と同じことはやりたくない、ぼくは「人間」のことをやりたいと、意識していたように思います。

 父はたいへんな読書家で、家に本がたくさんあったんです。子どものためにも、全集や図鑑を揃えてくれたり。ただし、きちんと読めとか、強要はしませんでしたよ。ある意味とてもよい環境。それを十分に活かさなかったけれど(笑)。

 子どもの頃、私はあまり読書家ではなかったのですが、歴史系の本はわりと読んでいたと記憶しています。小学校の図書室で本を選ぶときには、必ず伝記が並んでいる棚へ向かいました。

 よく覚えているのは、伊能忠敬(1745~1818)。日本中を歩きまわって地図をつくる──。なんでそんなことをするのか不思議で、しかし「どうやらすごいことをしているんだ、この人は」、と感心しながら読んでいましたね。もうひとりは、ハインリッヒ・シュリーマン(1822~1890)。トロイアを発見した考古学の人ですが、信念をもってそれを探り当てたという事実に感動しました。つくられた物語よりも、実話にひかれていたんでしょうね。

 それから地球の形成のようなことにも興味があって、家にあった鍾乳洞の図鑑がすごく面白かった。不思議な地形がどのようにできるのか、その内容がつよく印象に残っていますね。

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