経済の常識 VS 政策の非常識

2014年10月6日

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 ただし、日本の社会保障政策には、それによって格差を縮小していないという問題がある。日本の社会保障政策は、貧困層に重い負担と低い給付、非貧困層に軽い負担と手厚い給付を行っているという。これは、必ずしも貧しい訳ではない高齢層に、多額の年金が給付されているからである(阿部彩「第1章 日本の貧困の実態と貧困政策」、阿部彩他編『生活保護の経済分析』東京大学出版会、2008年)。社会保障政策の本来の機能を取り戻すことはリベラルの課題となるのではないか。

 第6は、情報公開である。朝日新聞が、朝鮮の女性を強制連行したという吉田清治証言の虚偽を認めたが社長の進退は語らず、原発の吉田昌郎調書の誤りを認めて進退を語ったのは、私には理解できない。吉田証言は虚偽であるが、吉田調書の記事は読み誤りである(おそらく、反原発のストーリーを作りたくて読み誤ったのだろう)。虚偽の方が読み誤りより罪が重い。吉田証言についてこそ、進退を語るべきだった。そもそも、情報公開があれば、読み誤りはなかった。情報公開の重要性を示す事例ではないだろうか。より積極的な情報公開を求めることもリベラルの旗となる。

 第7は環境と原発である。国民の半分余りは脱原発だろうが、○○をしないだけでは政権を取れないだろう。環境と言っても、空気と水はかなりきれいになり、これ以上きれいにするのはかなり費用がかかるだろう。CO2削減も費用がかかる。半分以上の人が賛同する旗を立てることができるだろうか。

 第8は平和主義だが、日米安全保障条約の下で、アメリカの軍事力が圧倒的で、日本がアジアの中で圧倒的な経済力(軍事力に転化しうる)を持っていた時代では、日本が悪いことをしなければアジアは平和という平和主義ですんでいた。しかし、そういう状況ではなくなったのだから、これまでの平和主義ではやっていけない。私には、ここで自民党と違いを出せるとは思えない。ただし、こちらから刺激するようなことは避けるべきだという違いは出せるかもしれない。

リベラルの打ち出すべき違い

 という訳で、日本のリベラルは、雇用に関心を持ち、人権の旗を世界に掲げ、普通の女性の社会進出を後押しし、社会保障政策で格差を縮小し、より情報公開を求めることで違いを出せるのではないだろうか。環境の旗をうまく立てることができるかどうかは分からない。考えてみると、自民党は公共事業を含む大きな政府が好きなのだから、本来大きな政府が好きなリベラルとしても、反公共事業と平和主義の他には違いが出しにくいのは当然かもしれない。

  

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