2024年4月24日(水)

経済の常識 VS 政策の非常識

2014年10月13日

 なお、ここで東北地方の求人倍率が高いのは東北復興のための建設事業が盛んだからである。特に、12年初になってからの上昇が著しい。11年3月の震災以来、1年弱経って復興需要が顕在化したのだろう。

 大都市への集中ではなくて、地方を発展させたいというのは日本がずっと試みてきたことだ。「国土の均衡ある発展」とは、1962年に策定された「全国総合開発計画(全総)」で登場した言葉のようだが、要するに、全国土を同じように発展させたいということである。しかし、それは実現できなかった。

 人々は仕事のある地域に自由に移り住む権利を持っている。地域ごとの発展が異なるのを均一にすることはできない。しかし、これは衰退する地域にとっては看過できない事態である。さらに、人口減少が地方の危機感を強めている。

 北一輝は、その『日本改造法案大綱』(1923年)の緒言に、「日本また50年間に2倍せし人口増加率によりて100年後少なくとも2億5000万人を養うべき大領土を余儀なくせらる」と書いている。もちろん、造ったインフラが壊れなければの話だが、2億5000万人の人口がいれば、現在、無駄とされるインフラも役に立つものになっていただろう。

 しかし、日本の人口は減少していく。仮に、すべての地域の人口が比例的に減少していったとしても、小都市の経済は苦しいものになるだろう。しかも現実には、大都市の人口はあまり減らず、小都市の人口は平均以上に減るだろう。どうしたら地方を活性化できるだろうか。

 公共事業の増額は答えにならない。アベノミクスの第2の矢で公共事業を増やしたら、人手が集まらなくなってしまった。地方で高齢化が進み、公共事業で働く人がもはやいなくなっていたということだろう。

 人口を増やしたいというのは分かる。このまま人口が減ると約1000年後には最後の日本人が生まれることになる。これは日本が滅びるということである。

 人口が減るのは、子どもの値打ちが下がったからだ。年金のない時代、年老いた親は子どもに頼るしかなかった。だから、なんとか子どもを持とうとした。しかし、年金のある社会では、老後は、子どもよりも年金が頼りになる。年金を廃止すれば、子どもは増えるだろうが、そんなことはできない。

 実行可能な案としては、年金にそうしているように、子どもにも税金を投入することだ。児童手当の増額よりも、女性が子どもを産んでも働くことがハンディにならない社会を作ることの方が効果的と判断されて、アベノミクスの「女性が輝く社会」という目標になっている訳だ。ただし、子どもを社会でみるのもお金がかかる。財政的に実行可能な政策では人口の減少を多少緩やかにすることしかできないだろう。すべての地域の人口を維持することは不可能だ。


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