経済の常識 VS 政策の非常識

2014年10月13日

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人口の少ない豊かさ

 むしろ、発想を逆転させてはどうだろうか。人が多いことが豊かなのだろうか。人が多いから貧しくなったと考えることはできないだろうか。

 南アジアの国々に行くと、人口の多さに、私はめまいがする。東京、香港、マンハッタンの人の多さにも疲れるが、着飾ってにこやかな人々を見るのはそれほどは疲れない。

 ヨーロッパや北米の豊かさには、人の少ない豊かさがあるのではないだろうか。私は美しい緑に覆われた山を見ると豊かさを感じる。しかし、その山で多くの人を豊かに養うことはできない。山だけではなくて、農業でも漁業でも同じである。

 人口が減って、一人当たりの森林面積が大きくなれば、木材を切り出しながら、苗木を植えて、大きくなるのを待つ。集魚灯を照らしながら一挙に漁をしようとしないで、少ない漁民がゆったりと漁をする。一人で広大な耕地を耕す。そうすれば、豊かに暮らせるのではないか。

 人の少ない豊かさを考えても良いのではないだろうか。目標は、「大草原の大きな家」である。大草原の大きな家では、発想が飛びすぎかもしれない。しかし、地方都市の魅力を感じる若者も多くなっている。仕事があれば生活しやすい。物価も安い。土地も安い。親の土地も利用できる。親もいるので子育てしやすい。昔からの友達や従兄たちとつるんで、助け合いながら暮らすというスタイルである。

 もちろん、他所から地方に来ても良い。考えてみると、ヨーロッパの街の生活である。皆で地元のサッカーチームを応援に行く。ただし、ヨーロッパでは、他所から来た人にも優しい。

 日本から来て職人になった若者に、イタリアの地元の人はこう言ったという。この人ははるばる日本からイタリアに来たんだ。何かをもって、何かを求めてきた人に違いない。こういう人を使わなければダメだ、と。日本の地方が、この心を持てば、決して衰退することはない。

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◆Wedge2014年10月号より









 

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