あの負けがあってこそ

2014年10月30日

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 「一年生と二人だけの時期は私の人生で最悪の時だと思っています。ですが、これ以上悪くなることはないという中で吹っ切れたものがありました。それまでの自分がするするっと無くなって、なぜこうなったのだろう?と悩むこともなくなりました。悩むということは何もしていないことと同じです。もやもやとした気持ちを持っている状態で苦しさにただ耐えているだけです。それでは何も解決しません。今この状態で何ができるのかを考え、たとえそれが正解かどうかわからないとしても、結果を恐れずに今の自分にできることは全てやろうと考えるように変わりました」

 どん底の中で竹内の心は折れるどころか、大悟徹底とも言える心理に至った。

 これがその後の竹内を変えていく。

 できる練習は限られていた。

 竹内は競技経験の浅い1年生と2人で「対人」と呼ばれる基本練習を徹底して繰り返した。

 「対人」とは、1人が打って、1人がレシーブする。打った方がトスを上げて、レシーブした方がまた打つという攻守が入れ変わりながら繰り返す練習である。3時間の練習時間を対人だけに費やしたこともあった。その結果、ミスなしで延々と繰り返すことができるまでになった。

 その自信から、どこのチームに行っても臆することなく「練習に参加させて下さい」と言えるようになった。

 「それが私にとって大きな進歩だったと思います。私たちは弱いチームなので強いチームには引け目を感じていました。ですが、対人ができればそれがコミュニケーションになります。二人しかいない部員が、マンツーマンでできることを徹底して行うことによって、基礎的な技術力が高まりました。この基本とも言えるところに戻ったことが大きな気づきだったと思います。今の自分にできることは全てやる! このときの経験が現在の私を作っていると思います」

自分で自分を追い込める強い心が実を結んでいく

 竹内とラグビーを繋いだのは大学在学中に観たアメリカンフットボールの試合だった。芝生の上を縦横無尽に疾走することやコンタクトに惹かれたことがキッカケなのだが、卒業後に加入したのはよく似た(!?)競技の「ワセダクラブレディース」というラグビーチームだった。

 その後、「世田谷レディース」に移籍し、1年後にラグビーが2016年のリオ・オリンピックから正式競技に採用されるというニュースが流れた。

©2014,JRFU Photo by H.Nagaoka

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