この熱き人々

2014年11月18日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 奥田がひょいとつまんで「食べてみて」と差し出したのは春菊。生で? 苦くないか? 口にすると、これが春菊かと驚くマイルドな味わい。「これも食べ頃」とトマトをもいでくれる。歯ごたえ十分なのに完熟感と甘味が広がる。熟すまでしっかり生きたトマトの底力が感じられる。井上農場を後にすると、次は羊の群れの中に。日本一の羊と評価の高い「丸山さんの羊」たちだった。

有機減農薬米や樹熟トマトを栽培する井上農場の井上馨さん、妻の悦さんと

 「ある時、常連のお客さんが羊の肉を持ってきてくれてね。生でそのまま食べたらあまりのおいしさにすぐ丸山さんを訪ねた。そうしたらもう羊をやめるって言う。それ聞いて、僕はすぐに羊の肉を抱えて東京の有名なレストランに売り込みに行きました。おいしいって使ってくれた上に、本で紹介してくれて山形の羊が評判になった。暗かった丸山さんの顔が明るくなっていって、もう一度羊をやるって言ってくれた。生産者の命が蘇るっていうのかな。僕もすっごくうれしくなって、あ、これが自分の幸せ感なんだって思いました」

 奥田の姿を見つけると、農家の人たちが次々と声をかける。「シェフ、いつ帰った?」「シェフ、いつまでいる?」奥田は、庄内では「シェフ」と呼ばれていて、時々帰ってくる存在なのだとわかる。

 「今は鶴岡が10日、東京が10日、あとの10日は全国あっちこっちって感じかな」

父の料理への思いを継ぐ

 奥田が有名になって店にいないことが多くなった頃、不在を許さなかった地元の人たちが、今では時々帰ってくる奥田を認めている。店にいない時でも、奥田が庄内のため、山形のために動いていることを知っているからだろう。不在でも心はここにある……そんな確かな信頼感が、地元の人たちとの短いやりとりの中に感じられる。奥田は「食の都庄内」親善大使を務めているが、こんなによく働く親善大使はいないのではないかと思うほど精力的に全国を回り、庄内の食のすばらしさを力説し、売り込みにも全力をあげて取り組んでいる。

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