ウェッジ新刊インタビュー

2014年11月18日

»著者プロフィール

 私と鉄道のかかわりは、両親によれば、生後3カ月で東海道本線、山陽本線を乗りついで広島へ行ったのが始まりです。

 父は広島生まれで戦後東京に出て来ましたので、小さい頃から夏休みには父の実家がある広島に行って過ごすというのが恒例でした。

うっすら雪化粧の0系(写真提供=JR東海)

 広島の父の家から百数十メートルほど行ったところに在来線が通っているのですが、そこに高架橋が出来て新幹線が通るようになり、0系から車両が進化していくのを歳月が経つとともに見てきました。その一方で、新幹線、在来線ともに、夕暮れ時、列車が通り過ぎるとき、車内灯やテールランプがすうっと遠くなって消えていく、その様子は自分のなかで変わらない風景でもありました。

 中学校1年生の時に、初めて自分で計画して東京から乗ったのが、東海道新幹線の全線を走った、おそらく最初だったと思います。新大阪で乗り換えて、広島まで在来線の特急で行きました。

 高校、大学の学生時代には、奈良へよく行きました。当時読んでいた堀辰雄の『大和路』という随筆集をかかえ、「こだま」に乗って京都へ行き、近鉄奈良線で奈良へ……という旅を、多いときは1年に4回くらいしていました。

 それからずっと歳月が流れ、結婚して、子どもが生まれ、だんだん大きくなってくると、自分の好きな乗り物(鉄道)に子どもを乗せて、本人が楽しんでいましたね(笑)。当時新幹線は100系の全盛期で、2階建ての食堂車に入り家族で食事をしたのも楽しい思い出です。

浜名湖を行く100系。東海道新幹線初の2階建て車両 (写真提供=JR東海)

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る