2024年4月25日(木)

ペコペコ・サラリーマン哲学

2009年7月14日

 私は幸か不幸か、信越化学工業でおそらく日本で有数の仕事ができる社長に仕えてきました。できすぎる人を間近で見ていると、逆立ちしてもマネできないと思ってしまいます。それでもやっぱり自分を大事にしたいというプライドがあるから、マネしようとしてしまうのが人間です。でもそんなことをしたら身体を壊したり、精神的に参ったりしてしまいます。

 実際、私は、20代、30代、40代と10年に一度ずつぶっ倒れて何週間も入院する羽目になりました。いまから考えると本当に無駄なことだったと思います。自分だけは「自分がいないと会社が回らない」なんて思っていましたが、会社は私一人いなくたって何事もおきません。でも現役のときはそういうことに気づきません。仕事ができることは大切ですが、もっと大事なことがあります。たとえば、「口を堅くすること」などで、私は心からそう思います。これは、現役を退き、70代になったいまだから思えることなのかもしれません。

 仕事がもっともっとできるようになりたいから、できすぎる人のマネをしたり、ない知恵を絞ったりします。でもそれで疲れてしまっては元も子もない。私は、このコラムでもたびたび登場する小田切新太郎会長・社長に「金児君は口が堅いですね。口が堅いことは仕事ができるよりずっと大事です」と褒められてから、この言葉に飛びついて、「黙ってることなら私にもできる」と思って生きてきました。

 仕事ができるかどうかは才能も左右します。事実、私などは寝る間を惜しんで働いても、とびきりできる社長と同じようにはとてもできませんでした。だから、それをマネすることはせず、自分にもできる「口を堅くする」ことを頑張っていくというのは、大切なことだと思います。

ないものねだりしない

――このコラムの第1回でもお書きいただいた「自分を徹底的にかわいがるのが大事」ですね。

(金児) そうです。「自分のことを徹底的にかわいがる」ことをベースにするのは大切です。

 圧倒的にできる人やできすぎる人の、ほんの少しを、自分が疲れない範囲でちょっと見習うことは大事ですが、全部マネしようとして、できなくて悩むなんてもったいない。そんなことより自分にもできることで意味あることを何か探したほうがいい。みんな、世界に一人しかいない貴い人間です。親からみれば、かわいいたった一人の子どもです。

 「ない知恵は絞らない」というのも、それと近い考え方です。私と同じ会社のOBのある方が、この本を見て、「ない知恵をしぼらないというのが、もっともすばらしい。そのとおりだ。私は、40年間、ない知恵を絞ろうとして失敗してきた」とおっしゃっています。

 「できすぎる人のマネはしない」と「ない知恵は絞らない」に共通しているのは、「ないものねだりしない」ということです。明るく前向きに「あきらめる」という姿勢はすごく大切だと思います。

――「あきらめる」ですか。意外な言葉ですね。ふつうは消極的な意味で使う言葉ですよね。

(金児) 「あきらめる」といっても、何も考えず、何もしない、あらゆることに対してやる気もないというような意味ではありません。

 よく「親が○○してくれなかったからこうなった」「会社が、あるいは上司が○○だからこうなった」というせりふがありますが、これは、自分ではどうにもならない境遇や運命を、あきらめきれていない状態です。「自分はいつかこういう道に進みたい、こういうことをやりたいから、目の前のことはやる気がしない」というのも、あきらめきれていない状態です。


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