【開業50周年記念】 My Memories of the 東海道新幹線

2014年12月31日

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 東海道新幹線が開業した1964年は、ちょうど私が日本郵船に就職し、社会人となった年です。新幹線によって日本人の距離感が変わり、社会が大きく変化するのを、目の当たりにしました」

 そう話すのは、徳川宗家18代当主の徳川恒孝さん。江戸時代に征夷大将軍を輩出した徳川氏の嫡流である。

徳川宗家18代当主の徳川恒孝氏。父方は会津松平家の家系で、曾祖父は松平容保氏。母方の祖父が宗家17代目の徳川家正氏
(写真・井上智幸)

 その年の同期入社組は、みな神戸に赴任したが、徳川さんだけは「ある事情」があって、東京に近い横浜に勤務した。新幹線開通を境に名古屋や大阪への出張が、1泊から日帰りになり、ビジネスの流れが加速するのを実感する。「出張先の同僚と夜遅くまで遊べないから、面白くないな、という声もありましたけどね」と当時を振り返る。

 ちなみに同社には、加賀前田家18代当主の前田利祐さんもいた。今も親しいなかで、「来年3月の北陸新幹線の金沢開通は、前田さんも、たいへん喜んでましたよ」と言う。

 徳川さんを関東に引き止めた「ある事情」とは、将軍家を継ぐ者としての役割に関わっている。徳川宗家の当主は、先祖の祭祀を年間数多く務めなければいけない。重要なのは、家康の命日の4月17日に静岡県久能山の東照宮で行われる祭りと、ひと月遅れの5月17日に日光東照宮で行われる同様の祭りだ。

 その他、歴代将軍の墓参のために東京・芝の増上寺や、上野の寛永寺に出向くこともある。家督を継いだのが23歳と若かったので、入社時にはすでに、これらの宗家の務めを担っていた。行事は平日でも開かれるため、遠方での勤務はかなわなかったのだ。

 徳川さんは静岡には在来線で、日光には車で行くのが慣例になっていたという。静岡移動の手段も、入社した翌年に、在来線から新幹線へと変わった。「それでも祭りの前日に現地に赴き、1泊する習慣は変えませんでした。徳川家とご縁のあるかたがたとの一席などもありますので、会社での出張のように、効率を優先して日帰りというわけにはいきませんでしたね」

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