2024年4月25日(木)

オトナの教養 週末の一冊

2014年12月29日

 小説=文学と思えば、昔ながらの「純文学」は退潮しているようにも見えてしまいがちです。けれども、フランス文学研究では、渡邊氏だけではなく、今年は、蓮實重彥氏(東京大学名誉教授)の『「ボヴァリー夫人」論』(筑摩書房)や、鈴木道彦氏(獨協大学名誉教授)の『フランス文学者の誕生 マラルメへの旅』(筑摩書房)が出版されました。「若手」に目を向ければ、2013年末に『プルースト、美術批評と横断線』(左右社)を刊行した荒原邦博氏(明治学院大学他非常勤講師)や、雑誌『思想』2013年12号の特集「ディドロ生誕300年」で大活躍された王寺賢太氏(京都大学人文科学研究所准教授)、同誌2014年12号「10年後のジャック・デリダ」に登場した方々など、世界的に見てもきわめて充実した布陣を擁しています。フランス文学だけではありません。英文学に広げても、富士川義之氏(東京大学名誉教授)の『ある文人学者の肖像 評伝・富士川英郎』(新書館)が新刊で読める悦びは、日本語で書かれた「文学」の層の厚さ・歴史の深さをまざまざと思い知らせてくれます。

 文学=ライトノベル、という人もたくさんいるでしょう。そして、マーケットとしての勢いは上回っているようにすら思えます。かといって、どのジャンルや、どの作家が、「本当の文学」なのかを競い合うことにあまり意味はないし、もはや、そのような視点すら、共有されていないでしょう。文学についての共通認識は、ほとんどない。ただ、この『マラルメ詩集』のように、世界文学の歴史に確然とした足跡を残す大詩人の大作を、格調高い日本語で読めること。この驚き、喜び、楽しみを、味わうとまでいかなくても、「マラルメという変な名前のフランス詩人がいて、その翻訳がスゴイらしい」という程度に知っておくだけでも、相対化の知恵はもらえるに違いない。と思って、私は、わからないなりにページをめくっています。 

 「年末年始に『読みたい』本」という点で言えば、充実しすぎている注解と解題を含めると、どれだけ読んでも読みつくせず、いつまでも「読みたい」本のままなのかもしれません。

――続いて、2冊目はどんな本でしょうか?

『アイラブユーゴ1』(鈴木健太、亀田真澄、百瀬亮司、山崎信一 、濱崎誉史朗 編集、社会評論社)

鈴木:山崎信一、亀田真澄、百瀬亮司、鈴木健太『アイラブユーゴ1 ユーゴスラヴィア・ノスタルジー大人編』(社会評論社)を挙げました。全3巻のシリーズ刊行予定で、現在は2冊目(『アイラブユーゴ2 男の子編』)が出たばかりですから、その1冊目だけ取り上げるのはフェアではないんです。が、書店で見かけた驚きを共有したいとの誘惑に勝てませんでした。

 著者4人は、いずれも東京大学大学院でユーゴスラヴィアについて学んだ若手の研究者なのですが、堅苦しい論文集ではなく、この不思議な国についてなじみの薄い人の興味を引くように、とてもポップに仕上げてくれています。「7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家」といわれた複雑かつ多様な国家について日本語で読める本としては、著者たちの師匠・柴宜弘氏の『ユーゴスラヴィア現代史』(岩波新書)が簡潔で啓発的でしたので、その衣鉢を現代に引き継ぐ尊い試みです。

 ユーゴスラヴィアについて言えば、代表的な作家・ダニロ・キシュ『若き日の哀しみ』(創元ライブラリ)の邦訳で知られる山崎佳代子氏の新刊『ベオグラード日誌』(書肆山田)が最近刊行されました。理不尽な悲劇に直面し、その爪痕がいまだ残る都市に暮らす。こんな経験は、日本語の中に生きていると、まったく縁遠いと思ってしまいますが、もちろん、この極東の島国は70年前に焦土と化した経験があります。


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