この熱き人々

2015年1月15日

»著者プロフィール
閉じる

吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 「僕は自分の声にそんなに特徴があるわけじゃないので、声の個性で勝負するタイプじゃないんです。だからなるべくオリジナルの声のトーンに合わせたいと思ってきました。違和感のない声にしたい。あまり作り込んで、大声で怒るシーンは大丈夫でも静かに泣くシーンではうまく出せないというのでは困る。決めた声ですべてのシーンが不自然にならないで演じ切れなければ演技の幅が狭くなってしまいます。声質ではなく、何より演技が大事なんです。せっかくの作品が破たんしてしまいますから」

 そのために、素材の映像を見ながら家でひたすら練習する。口の動きが合うかどうかのチェックも小声ではなく、「本息」といって本番と同じ声の大きさ、同じテンションで練習を重ねる。住まいはすべて二重サッシにして、隣家に接しない部屋で、部屋の中心に向かって声を張る。

 「吹き替えで大事なのは、吹き替えである違和感をなくしてその作品の面白さをそのまま伝えられるかどうかなんです。俳優の演技をそのまま日本語で演じる。最初のひと声で『違う』と思われたらおしまいなんです。至難の業なんですけど、自分の存在を気付かれたらダメ。後で『あ、吹き替えだったんだ。だれだ? やまちゃんか』って思ってもらえるのがベスト。存在を消さなければならないけれど、でもどこかでほめられたい。せめてエンドロールで声に命を与えてもらいたい。けっこう面倒くさい男ですね。だから動体視力がよほどよくないと読めないような勢いで吹き替えの名前が流れてしまうと、ちょっと悲しいですよね」

 これまで目にした吹き替えの現場では、マイクの前に出演者たちが台本を持って立って、ヘッドフォンを付けてセリフを読んでいた。実はその背後に、たったひとりで芝居を練り上げる声優の孤独な稽古と複雑な心情が横たわっていたのである。

 「片方の耳でオリジナルの声を聞き、もう片方の耳でほかの人の声と自分の声を聞きながら進めていきます。多少体を動かすことはあっても、隣の人がすぐ近くだからちょっとだけ。思わず動いて壁にぶつかったりしたらアウト。衣擦れの音などノイズが出たらダメ。動いて口がマイクの芯を外したらNGです。でも、脳内では俳優と同じ動きをしているつもりで演じています」

関連記事

新着記事

»もっと見る