ブルキナファソ見聞録

2015年1月14日

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岡田綾 (おかだ・あや)

JICA職員

1982年兵庫県西宮市生まれ。小学校6年生のときに阪神・淡路大震災を経験。2005年京都大学文学部社会学科、2007年同大学大学院地球環境学舎環境マネジメント専攻修士課程修了。環境やコミュニティ防災について学ぶ。就職活動では、「その人自身のせいではないが、理不尽な境遇におかれてしまった人のために仕事をしたい」と考え、他の関心事項であった「途上国・国際協力」も満たす組織として、独立行政法人国際協力機構(JICA)を志望し、2007年入構。地球環境部、広報室などを経て、アフリカ勤務を希望し、2012年12月よりブルキナファソ事務所に赴任。

日常を取り戻すのもまた一瞬

政府と繋がりがあるとされた企業の車輌も市内で燃やされた

 国会議事堂、コンパオレ一族の関連企業、与党関係機関などへの放火や略奪行為は海外でも報道されていることなので、詳細は割愛したいと思う。ワガドウグに住む私達が実感しているのは、ブルキナファソが暴力的な状況に陥ったということではなく、今回の一連の騒乱が、前向きで、一定の秩序をもった、建設的な行為だったと捉えることもできるのはないか、ということである。

 10月30日と31日は確かに非日常的なものだったが、一気に緊張が高まったこの2日間とは対照的に、ブルキナファソの人々が日常を取り戻すのもまた一瞬だった。11月1日には、野党側の指導者のひとりで前ワガドウグ市長の呼びかけにより、朝から一般市民のボランティアが町の清掃を行っていた。町を壊す行為に及んだのは市民自身だが、また日常を取り戻すべく清掃するのも市民自身。一列に並んで道路を掃く姿は、前日に火を放った同じ市民とは思えない光景だが、どちらもブルキナファソの人々の真実である。

朝から市内の清掃を行う市民(11月1日)

 また、襲撃された施設は、すべてのものが持ち出され、火を放たれ、壁と屋根しか残っていないような状況だが、すぐ隣り合う施設は無傷であるなど、今回の襲撃の対象が明確であったことが一目瞭然であった。やみくもに略奪行為を繰り返すような、混乱に乗じた社会秩序の崩壊までには至らなかったのである。

 さらに、いくつかの食糧倉庫が襲撃に遭い、穀物など中に保管されていた食糧がすべて持ち出されてしまったのだが、これらの中には学校給食として配布される予定であった子ども達のものや、コンパオレ一族とは関係のない倉庫も含まれていた。コンパオレ一族が私利私欲のために蓄えているものだと思われ略奪されたものが多かったが、これらは大統領とは関係ない、子ども達や一般市民のための食糧なのだという報道がラジオなどを通じて行われた。地元のモスクや学校を通じて返却してほしい、という呼びかけがなされ、すべてではないものの、今まさにその一部はきちんと返されつつある。これもまた、ブルキナファソの人々らしい。

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