経済の常識 VS 政策の非常識

2015年2月2日

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日本庭園、書画骨董……

 考えてみると、昔はトリクルダウンが日本国内で起きていた。豊かな人は、贅沢な家を建てたり、日本庭園を造ったり、書画骨董を集めたり、名家から嫁をもらったりした。海外にトリクルダウンが漏出しない。

 昔の贅沢な家というのは、節のないヒノキの一枚板や、黒柿や花梨の瘤材などを使って、複雑な屋根を組み合わせて建てたものだ。おこぼれは国内の林業者や棟梁や職人に行く。今のように、金持ちにコンクリートの高級マンションでイタリア家具に囲まれるという暮らしをされてはおこぼれがない。日本庭園は維持費がとんでもなくかかるものだ。植木職人におこぼれが回る。

 NHKの連続テレビ小説『花子とアン』の登場人物のモデルとなった柳原白蓮と結婚した九州の炭鉱王、伊藤伝右衛門は、金のない名家の娘を嫁にして喜んでいた。これは日本だけのことではなく、アメリカでもそうだ。映画の『タイタニック』はイギリスの名家の娘がアメリカの富豪と婚約してアメリカに行くところから始まる。伯爵家の令嬢と結婚するには金がかかる。もっとも、書画骨董もだが、金のなくなった名家の財宝を買う訳だから、トリクルダウンではなく、トリクルアップということになる。

 トリクルダウンに、何か悪いことがあるだろうか。普通の人々にお金が落ちてくる。

 もちろん、封建時代なら、トリクルダウンと言っても、最初のお金は、大名が庶民を搾り上げて集めたものだ。尾張の藩主、徳川宗春は緊縮財政を進めていた将軍、徳川吉宗に反対して、「気分が滅入っては奉公ができない」「上のものの費えは下々の糧となる」と言って贅沢を奨励した。その結果、名古屋は繁栄したが、その費えの資金はどうしたのだろうか。

 宗春は、尾張藩の御用金をつかった。御用金の減少を見て驚いた家老たちに裏切られて、宗春は将軍から隠居の上、蟄居を命ぜられた。宗春は庶民を搾り上げた訳ではないが、御用金が底をついた時には、搾り上げるしかなくなっていただろう。

 庶民を貧しくし、その後に、贅沢をして庶民にお金を配られても、庶民としては嬉しくない。庶民にしてみれば、8時間労働でもう休もうと思っていたら、12時間働かされて、結局、同じ賃金をもらっただけということになる。

 『貧乏物語』で有名な河上肇は、貧乏は金持ちが贅沢をするために庶民の労働時間を奪い、庶民のために必要な生活資材の生産が不十分になることで生じると考えていたようだ。しかし、今日の日本で、金持ちが贅沢をするから、庶民のために必要な生活資材の生産が不十分になるということは考えにくいだろう。

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