障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた

2015年2月17日

»著者プロフィール

トレーナーを目指して
夢のために大学進学

 運動好きが高じて高校卒業後はトレーナーになりたいと体育大学に進学した。さらに4年後はトレーナーの知識をより広く深く学ぶために専門学校にも通おうと考えていた。

 「私も運動していて、誰かにケアしてもらえたらいいなぁと思っていましたので、選手の身体をケアするトレーナーになりたいと思ったのです」

 しかし、大学2年生の時に身体の異変を感じた。それは土田自身も運動部に入ってみようとサッカー部を見学に行った時のことだ。入部が決まった直後、練習を見学している最中に突然腰痛に襲われた。

 病院で診察を受けたところ「あなたは生まれつき股関節が悪く、これから先、どんどん悪くなって長時間立っていられなくなったり、歩けなくなったり、手術をしなければならなくなるだろう」と予期せぬことを告げられ、入部翌日には退部しなければならなくなった。

 しかし土田にしてみれば、悪くなると言われてもまったく現実味がなく深くは考えなかった。

 ただ時間が経つにつれ、日常生活や体育の授業に支障をきたすようになってきた。

 「実技で合格しないと単位が取れない科目があったのですが、足が痛くて受けられないものがでてきたり、課外授業で山登りがあっても、途中で歩けなくなったりするようになりました」

 「私はトレーナーになりたいと思って頑張ってきたのに、その夢がどんどん遠のいていくような気がしました。頑張っても最終的にその科目が取れなかったので、資格を取ることができませんでした」

 「トレーナーになれないなら大学に通う意味がないと親にも相談したのですが、せっかく入った大学なのだから卒業はしようと言われて思いとどまりました」

 目標を失いひどく落ち込んだものの、年頃の女性らしくファッションに興味があったので、しばらく洋服屋と靴屋でアルバイトをしているうちに、「将来はアパレル関係の仕事に就けたらいいなぁ」と考えるようになった。

 やりたいものが見つかったように思えて喜んだのもつかの間、身体がそれを許してはくれなかった。

関連記事

新着記事

»もっと見る