障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた

2015年2月17日

»著者プロフィール

 「アパレル関係は走ることはなくても、一日8時間くらい立っていたりするんです。それに靴屋さんは、お客さんが試し履きをするときにしゃがんだりしますので、それが辛くなってしまいました」

 トレーナーにはなれない。アパレル関係にも就けそうもない。夢を諦めなければならない厳しい現実に直面した。

車椅子バスケとの出会い

 ある日体育館に行った時のことだ。「ここからシュート打ってごらんよ」と車椅子バスケットボールのベテラン選手に声を掛けられた。しかし……。

(提供:土田さん)

 「車椅子に乗ってゴール下からシュートしたのですが届かなかったのです。それが悔しくて、この競技を始めることになりました。あのときにシュート打ってみない? と言われていなかったら、きっと車椅子バスケをすることはなかったと思います」

 その後、車椅子バスケとの距離が縮まっていくのは、立ち仕事が辛くなってアパレル関連のアルバイトを続けられなくなってからだった。

 ある時股関節の専門医を受診すると、「これは障害者手帳が下りるくらいの症状だ」と診断され、大学2年生のときに「これからどんどん悪くなって……」と告げられたことを思い出した。

 障害者手帳が下りたのは就職してしばらくしてからだった。

 「昨日と今日ではなにも変わっていないのに、昨日の私は健常者で今日は障害者……。なぜ?という感じでした。でも、まさか自分がそこまで悪かったとは思ってもいませんでしたからショックが大きくて」

 「たとえば事故に遭った方がリハビリをすると良い方に向かっていきますが、私の場合はどんどん悪い方に向かっていくんです。これから自分の未来を考えたとき、たとえば5年後、10年後に今と同じ生活ができなくなっちゃうのかなと思うと未来が明るく感じられなくなりました」

 だが、そんな土田にも喜ばしい報せがあった。日本代表の候補合宿や強化合宿に選出されたのである。

関連記事

新着記事

»もっと見る