2024年4月20日(土)

ベストセラーで読むアメリカ

2009年8月5日

 We had been to Hiroshima; we had seen the devastation. We were not allowed to go to the museum that showed the injuries and the dead, but we heard about it from our friends. And we saw on the streets of Hiroshima the scars of the living. Great keloid mountains of scarring across the face of a young man, an old woman whose wrinkles and scars formed a dense plaid of lines across her cheeks. (p47)

 「わたしたちは広島に行ったことがあり、その荒廃した様子をみたことがあった。死傷者の様子を展示した資料館に行くことは許されなかったが、友達から話には聞いた。おまけに、広島の街で人々の傷跡を目にした。大きなケロイドが顔にある青年や、皺と傷で両頬に細かな格子縞ができた老女もいた」

 自分の体に傷を残し、人生をめちゃくちゃにしたアメリカ軍の家族のもとに、三味線を持って通うとしこの心中はどんなものだったのだろうか。本人の思いを直接聞けないだけに胸が痛い。としこは日本の古典芸能を丁寧に、エリザベスへと教えたようだ。

 There was no written music for the samisen, so the only way to learn was for someone trained in the ancient art to share the music wit you. And Toshiko, disfigured by an American bomb, was sharing it with me. It was a gift the value of which I only later understood when Toshiko taught me he notes she had learned in Gion. (p46)

 「三味線には楽譜がなかった。三味線を習う唯一の方法は、その古くからの技能を学んだものから直接、教えてもらうしかない。そして、としこは、アメリカの爆弾のせいで醜い体にされたのにもかかわらず、私に三味線を教えてくれた。としこが祇園で学んだ曲を私に教えてくれたのは私へのプレゼントだった。わたしは当時、その意味を理解していなかった」

 今年60歳になるエリザベスはもう三味線の弾き方を覚えていない。しかし、としこの思い出は胸に深く刻まれている。

大統領候補夫人に刻まれた日本人女性のresilience

 I no longer have the samisen my mother bought me when I learned my first song. The sandalwood and ivory pick sits on a table in my back hall. I can not remember the notes that Toshiko taught me or the steps to the dances. But the lessons I learned from her will always be with me. (p48)

 「最初に唄を習うときに母が買ってくれた三味線はもう手元にない。白檀(びゃくだん)と象牙のバチは収納部屋のテーブルの上に置いてある。としこが教えてくれた曲や日本舞踊の足の運びはもう思い出せない。しかし、彼女から学んだ意志の力は常に私とともにある」

 もちろん、日本人の読者としては、人生のほかの苦難と同列に、被爆を乗り越えて生きる力強さだけを強調する本書の書き方には不満も残る。エリザベス自身が、多数の民間人の命を一瞬にして奪った核兵器についてどう考えているのかも聞きたいところだ。ただ、多くの一般のアメリカ人が手にするベストセラーの中で、被爆体験が記された意味は大きいだろう。

 今年も原爆記念日にアメリカの大統領は来ない。もし、ジョン・エドワーズがオバマやクリントンを破って民主党の大統領候補になり、大統領になっていたらどうだっただろうか。日本に住んだ経験を持ち、原爆の恐ろしさを知っているファーストレディとして、エリザベスは今年の原爆記念日をどのような形で過ごしただろうか。

 

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