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2015年2月24日

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村中璃子 (むらなか・りこ)

医師・ジャーナリスト

医師・ジャーナリスト。東京都出身。一橋大学社会学部・大学院卒、社会学修士。その後、北海道大学医学部卒。WHO(世界保健機関)の新興・再興感染症対策チーム等を経て、医療・科学ものを中心に執筆中。京都大学大学院医学研究科非常勤講師も務める。

差別とされないイスラモフォビア

 今回の騒ぎを受け、内外の論者からあがっているのが、「スカーフ論争」をきかっけに90年代頃から顕在化してきた「イスラモフォビア(嫌イスラム感情)」の問題だ。

公道にあふれて祈るイスラム教徒の姿は、イスラモフォビアの心象風景なのだろうか。公道での礼拝は2011年サルコジ大統領によって禁止された(CHARLES PLATIAU/REUTERS/AFLO)

 同志社大学グローバル・スタディーズ研究科准教授の菊池恵介氏によれば、「イスラモフォビアが広く浸透するのは、それが差別とは認識されていないから。『イスラムには自由や男女平等、政教分離といった西洋的な普遍主義を受け入れることができない』といえば差別には見えない」。

 しかし、実際の問題はイスラムが西洋普遍主義を受け入れられないから起きるわけではない。テロ事件の犯人を含め、移民2世3世は文化的にはフランスに同化している。自らをムスリムと名乗ることがあっても、それは私たちの多くが「日本人は仏教徒である」と説明するのと似て、コーランの中身もよく知らなければ、モスクに通っているわけでもない、もちろんアラビア語も話せない。しかし、マジョリティのフランス人にとっての身近な隣人ムスリムは、「よくは知らない」が家父長性や原理主義などと強く結び付いたものだ。

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 普遍主義を至上とするフランス人の間には別の空気も存在する。

 「今のフランスには“自由・平等・博愛”といった共和国理念への疲労感、特に自由主義への疲労感みたいなものが漂っています。たとえば、フランスにおける結婚制度は、アムール(愛)中心の個人主義を至上とするあまり、完全に崩壊している。自由に対する異常なまでの執着、いわば“自由の原理主義”といったものが『本当にフランス人に幸せをもたらしたのか?』という問いですよね」

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