経済の常識 VS 政策の非常識

2015年3月3日

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戦前は人口増加が問題だった

 一方、戦前の日本は、人口圧力に人々は真剣に悩んでいた。日本は人口過多の国だから、男は兵隊になって海外領土を確保しなければならないと思い込んでいた。植民地や海外領土を得ることに一生懸命になっていた。満州事変で満州国を成立させたとき、日本人が熱狂したのも、広大な領土が手に入って、日本が人口圧力から逃れられると思ったからだ。

 ところが実際には、人々は満州には行きたがらなかった。移住者の多くは朝鮮籍日本人で、日本人移住者の多くは軍関係者、満州鉄道及びその関係企業の日本人だった。30歳の東京地裁判事、武藤富男は、満州国に赴任するにあたって、年棒6500円を支給されたと書いている。当時の大審院長(最高裁長官にあたる)の俸給と同じである(武藤『私と満州国』16-17頁、文芸春秋社、1998年)。軍関係者も満鉄関係者も満州国赴任官吏も、皆、日本の俸給の数倍になる手当をもらわなければ行かなかった。農民を呼び寄せる手段は、地主になれるという触れ込みだった。実際に満州国に来たのは中国人だった。満州国の人口は1930年から40年代の初期にかけて3000万人から4500万人に増えていたが、日本人はその5%もいなかった。昭和恐慌から急速に回復した日本はもはや人手不足になっており、満州国に行く必要がなかったからだ。

 空想の人口圧力論で満州国を奪ったのだが、いざ奪ってみると人口圧力はすでに解決されていた。本来、人口が減少することは、生産性を高めることだ。人口が減れば、少なくとも土地生産性は高まるはずだ。江戸時代と異なって、少ない人数で広大な農地を耕す様々な方法がある。なんでも人口のせいにするのは止めた方がよい。

  
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