世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2015年4月14日

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 米ハーバード大学のジョゼフ・ナイ教授が、3月9日付Project Syndicate掲載の論説で、軍事力、経済力、そしてソフト・パワーにおいて非常に大きな比重を世界で保持する国を「卓越(primacy)国」と定義づけ、米国はそれに相当する、と論じています。

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 すなわち、米国を「覇権国」と定義する者もいるが、「覇権」の定義は明確でない。帝国主義と同義に使う者もいるが、米国は形のある帝国を持っているわけではない。覇権は国際秩序のルールを設定することのできる能力を意味するとする者もいるが、ルール設定にどの程度の影響力を有していれば覇権と呼べるのか曖昧である。

 覇権とはほとんどの種類のパワーを支配していることだとする者もいるが、19世紀の英国はその力の頂点だった1870年においても、GDPでは米国とロシアに次ぐ世界3位、そして軍事費ではロシアとフランスに次ぐ世界3位でしかなかった。そして、1945年以降の「米国の覇権」を云々する者は、ソ連が40年以上にわたって軍事力で米国に並んでいたことを見逃している。

 1945年以降の世界は米国のリベラルな覇権体制であり、そこでは多国間取決めや組織があたかも公共財、つまり米国より弱い諸国にも発言力が認められるものとして存在してきた、とする者もいる。彼らは、米国の力が衰えた後も多くの国がこの体制を維持することを望むだろうと主張する。他方、台頭する新興パワーがこうした秩序を葬り去るだろうと主張する者も多い。

 しかし、米国の「覇権」体制については、常にフィクションが混入する。この体制はグローバルというよりも、欧米を中心とする志を同じくする国々の集まりであり、地球の半分もカバーしていない。従って、米国は正確には「半覇権」と呼ぶべきである。

 また、戦後、米国は大きな経済的地位を維持してきたが、政治的・軍事的には世界は米ソ二極体制にあった。戦後の米国の地位は覇権国というよりは、「三種のパワー」、即ち、軍事力、経済力、そしてソフト・パワーにおいて非常に大きな、あるいはかなりの比重を保持する「卓越国」とでもいうべきものである。

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